身近な人や困っている人、自分で声をあげれなさそうな人を見ると
つい代わりにやってしまったり、発言したりと自分でも後でそこまで
することなかったかと思うことがある。
昔はもっと無自覚で感じたまま動いていたことで、かなり心身の消耗度が
高かった。人が好きで一緒にいたい反面、消耗するので1人でいたくなる。
たぶん感じやすいほうで、相手の目つきや雰囲気で察してしまい
自分のことはさておき、相手の望む行動をとっていたかな。
やっぱり疲れるよね、当たり前だわ。そしてそんな自分をあてにされることもあり、好きな人には特に「NO」が言えなかったので、相手の思い通りに動いてしまいやっぱり疲れることに。
家族の場合もそうなりがちで、家族だからついつい無自覚にやって
しまっていたかな。当たり前のようになると近い関係の場合は更に
きつくなるし、苦しいのがたまる。はじめはなぜ苦しいのか分からなかったが
私の場合は家族がうつになり、今まで以上に自分に比重がかかり
これではイカンと気付いたことが脱出の手がかりになった。
”ピンチはチャンス”とはよく言ったものだとつくづく思う。今は
けっこう脱出して、ためないように意識して、したいことかどうか?
本当に相手のためになるのか?とかいっかい考えてから動くことにしている。
そして「NO」も自分と相手のために、と考えると言いやすくなった!