『正しさの檻』第十一章:泥酔の果て

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眠れなかった。

真夜中、MARIはベッドの上で天井を見つめていた。頭の中を、あの問いがぐるぐると回り続ける。

——どうして、彼はAYUMIを選ぶの?

わからない。AYUMIの何が特別なのか、何がそんなに魅力的なのか、自分には理解できなかった。素朴で控えめで、どこか冴えない彼女。けれど、彼はそのAYUMIに、心を預けている。

スマホを手に取っては、誰かにメッセージを送ろうとしてやめる。そんなことを何度も繰り返すうちに、心のざわつきはピークに達していた。

「……飲まなきゃやってられない。」

そう呟いて、MARIはコートを羽織り、夜の街へ出た。

薄暗いバーのカウンターで、ウイスキーを一口。喉の奥に広がる熱が、胸の苛立ちを少しだけ和らげる。

「お姉さん、一人?」

隣に座った男が軽く声をかけてきたが、MARIは生返事であしらった。彼が誰であろうと、何を話しかけようと、どうでもよかった。

頭の中は、AYUMIのことでいっぱいだった。

——なんで私はAYUMIになれないの?

素直で、静かで、精神的な繋がりを重んじるAYUMI。彼が惹かれるのは、そういう純粋さなのだろう。けれど、MARIは違う。心の奥に穴が開いている。愛されていないと感じると、身体で埋めようとしてしまう。

グラスを空けて、さらに強い酒を注文する。視界がにじみ、涙がこぼれそうになる。

気づけばスマホを開いていた。

——主任、今から会えない?

MARIは主任の部屋にいた。

酒と涙でぼんやりとした頭の中、彼の問いかけに答える気にもなれなかった。ただ、温もりに身を預ける。それが、自分を保つ唯一の方法だった。

(……私はAYUMIにはなれない。でも、私はここにいる)

エースたちが集う部署の主任と繋がっていること。それを「誇り」と呼ぶことで、どうにか自尊心を保っていた。

けれど、わかっていた。
SHIHOやあの人にこの関係が知られたら、きっと軽蔑される。

——私は純粋じゃない。だから、彼に選ばれない。

9月。MARIの長期インターンも終盤に差しかかっていた。内定式を前に、彼は再びAYUMIを呼んだ。

MARIは主任の部屋で、八つ当たり気味に問いかけた。

「なんで、あの人はAYUMIにこだわるの?」

主任は困ったように笑い、「俺にはわからないよ」と肩をすくめた。

「でもさ、俺、前に聞いたことあるよ。MARIの方が優秀なんじゃないですかって」

MARIの胸が一瞬だけ高鳴った。

「……で、なんて?」

主任はあっけらかんと言った。

「AYUMIとは結婚できる。MARIは無理。だって自己愛じゃん、って」

空気が凍った。

MARIの顔から血の気が引いた。

「……なんでそんなこと、言うの」

「俺もびっくりしたけどさ。まぁ、そういうことらしいよ」

彼の無神経な笑みに、MARIは何も言えなかった。

——自己愛。

認めたくはない。でも、心の奥で何かが崩れていく音がした。

面接の日。

スーツ姿のAYUMIが現れた。
素朴なはずの彼女が、どこか艶っぽい。

(……あの人のために、美しくあろうとしてる?)

そう思うと、胸が締めつけられた。

彼とAYUMIは、まるで二人だけの世界を生きているようだった。深く、静かに、言葉を交わし合っていた。MARIには理解できない、別の言語で。

面接後、AYUMIは丁寧に学生たちの評価を書き写していた。

「遅くてすみません……私、仕事できないですよね?」

そんな自嘲に、彼は静かに微笑んで言った。

「君に仕事のスピードは期待していない」

「……え?」

「本質を見抜く力。それだけで十分だ。だから、お前が欲しいんだよ」

言葉の一つ一つが、AYUMIの心にまっすぐ届いていた。

「AYUMI、書き終えたら飯に行こう」

彼が誘うと、AYUMIは少しの沈黙の後、静かに首を振った。

「ううん。今日は帰ります」

MARIは、ほんの少しだけ胸をなでおろした。

彼は言った。

「そうか。気をつけて帰れよ」

その言葉に、AYUMIは柔らかく微笑みながら答えた。

「うん。近いうちに連絡します。……一緒にいれて幸せでした」

MARIは、息を呑んだ。

——この二人は、正直だ。

私は……素直になれない。

その夜も、MARIは主任の部屋へ向かった。

欲望だけで繋がる関係。その中で、自分を保っているつもりだった。

でも、わかっている。

——あの人は、私に興味なんてない。

そして、AYUMIには――心から、惹かれている。
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