ご相談をお受けするたびに、
わたくしの胸の奥にそっと灯る問いがございます。
──どうして、この方の魂は、
これほどまでに「愛されたい」と願っていらっしゃるのか。
それは、わがままでも執着でもなく、
魂が“ほんとうのぬくもり”を
静かに求めている祝詞(のりと)のようなものだと、
わたくしは感じております。
「愛されたい」と願うお気持ちは、
じつは「自分を許し、受け入れたい」という
深い祈りにとても近うございます。
傷を抱えた心を、そっと認めて差し上げることから、
魂の癒しは始まるのでございます。
ゆえに、わたくしの鑑定は
「お相手のお気持ちを視る」だけにはとどまりません。
ときに、波動の奥に眠る
“愛されることをどこかで恐れている心”に、
やさしく寄り添うこともございます。
たとえば、「私は大切にされて当然」という思いに、
どこかうしろめたさを抱いてしまう方もいらっしゃいます。
あるいは、「本当は愛されたいのに、嫌われることが怖くて素直になれない」
そんな魂の葛藤に、そっと耳を澄ませるのです。
わたくしが霊視を通して視ているのは、
ただ目に映る未来ではございません。
その方の波動。
そして、「愛される器」に今のご自分がなっていらっしゃるのかどうか。
もしもその光を遮る“結びのほつれ”が見えるのならば、
わたくしは祈りを込めて、それをそっと解いてまいります。
「彼にこんなふうに言われました」
「返信がなくて、不安です」
そんな短いお言葉の奥には、
どれほどの寂しさと、どれほどの希望が眠っていることでしょう。
それを、ひとつひとつ大切に紐解いていくこと。
それこそが、わたくしの恋導でございます。
“愛される未来”とは、誰かが与えてくれるものではなく、
ご自身の魂が「今こそ受け取る」と決めたときに、はじめて訪れる奇跡。
その一歩を踏み出されるお手伝いができますなら、
「お菊」としてのわたくしの祈りもまた、
きっと、光の祝詞として天へと届くことでございましょう。