ここ一週間の間に、私にとっては珍しく、外でおしゃべりする機会があった。(今回は敬体ではなく、常体で文章を書いてみます)
最近の出来事とは…。
スーパーで偶然会ったご近所さんと長話。
親戚が入院しているので、見舞いに行った日に病院の個室で長話。
この見舞いの後、病院の待合室で母親と1時間半の長話。
あまり外で話す機会がない私にとっては、立て続けに話す機会があったこと自体、珍しいことだった。
話した内容とは…。
ご近所さん…子育てのストレス
親戚(入院中)…病院側の対応によるストレス
母親…最近、私の弟夫婦と同居している為、嫁に対するストレス
(…というか、実際は嫁の方がかなり、ストレスを抱えている)
まぁ、何気ない日常会話だったが…。
この時、私も家庭内のストレスがかなり溜まっていたため、(年がら年中、溜まってはいるが…)思い切り愚痴をぶちまけていた。(お互い愚痴を言い合った状態。)
女性は、他人に話すことでストレスを発散できると一般的に言われているが
私は今回、愚痴を言い合うことによって、別にストレスを発散できた訳ではなかった。
この出来事が何故か、私の中で腑に落ちなかった。
「立て続けに、愚痴を言い合った」
このことについて夜、寝ながら勝手に脳が考察し始めた…。
そして、ピンっときた!
これは、ピラミッド社会の崩壊を表しているのではないかと…。
ある意味、ピラミッド社会の下層に分類する一般家庭もしくは一般社会の崩壊なのだと。
親戚が話した病院側の対応によるストレスについては、
看護師が重病患者の体調を把握できず、丁寧な対応をしてくれないということだった。
私は、これを聞いたとき「病院事態がシステム化している為、看護師も機械的に仕事をせざるを得ない状況なのでないか。その弊害が今、患者にも被ってきているのではないか」というようなことを伝えた。
公的機関のシステム化による弊害。
これもピラミッド社会の下層部分の崩壊を表しているように感じた。
ずいぶん前から、スピリチュアル界では世の中が二極化すると言われているが、上の階層が決めたシステム化された社会について行くか、それとも自分の波動を上げて反対のシステムを自分で構築していくかの分かれ道を今まさに体感していることに気づいた。
言葉では二極化を理解していたが今回、改めて現実の中で経験させられていると痛感した次第だ。