これ、ちょっと前に話題になってたやつだけど。
正直“音楽”としてどうなのか考えてみた
X(旧Twitter)でも話題になっている宇多田ヒカルの新曲『Mine or Yours』。
この曲の中で、「この国は令和何年になったら夫婦別姓ができるの?」という歌詞が出てきて、それが“炎上案件”になっています。
なんでこんなに炎上してるの?
自分なりにSNSを見てて思うのは、
夫婦別姓“反対”勢力が宇多田ヒカルを叩くことで、自分たちの主張を強く広めようとしている感があるんですよね。
たしかに、この歌詞に「よくぞ言ってくれた!」と共感する人もいれば、
「なんで音楽でそんな主張を?」と違和感を持つ人もいる。
でも個人的には…
正直に言うと、この歌詞、あんまり良くないなと思うんです。
もちろん、「音楽に政治的なメッセージを入れるな」とまでは言わないです。
だけど、あくまで“音楽”として聴きたいときに、どうしても耳が歌詞の主張に引っ張られてしまう。
せっかくのメロディやサウンドを楽しみたくても、歌詞が全部持ってっちゃう感じ。
それが本当に「表現」として成立していればいいけど、
時々「主張だけが前に出すぎて、音楽としての純度が下がる」こともある気がします。
まとめ
社会的なメッセージも大事だと思うし、
アーティストが自分の意見を歌に込めるのも否定はしない。
でも“音楽として楽しむ余白”がちょっとなくなると、
どうしても「もったいないな」って思ってしまう。
炎上も議論も「話題になる」のはアリだと思うけど、
「音楽は音楽として聴きたい」そんな気持ちも、やっぱりあるんですよね。