【本田教之】朝の光がやたら騒がしい理由

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朝起きた瞬間、部屋に差し込む光が今日はいつもよりざわざわしている気がした。光がざわつくというのはおかしな話だが、どうにも落ち着かない。まるでカーテンの向こうで誰かが密談しているような、そんな気配がある。気のせいだろうと思いながら顔を洗っていると、ふと気付く。水面に映る光の揺れが、少しだけ規則的なのだ。揺らぎは本来もっと無邪気で気まぐれなはずなのに、今日に限ってどこか意思がある。そんな馬鹿なと思いながらコーヒーを淹れに行くと、台所の床にも光が走っている。その軌跡はまるで線を描きながら移動しているようで、どうにも無視しづらい存在感を放っていた。

朝食を食べながらどうしても気になり、カーテンを勢いよく開けてみた。すると光の粒が一斉にこちらへ向かって押し寄せてきたように見えた。もちろん錯覚なのだが、あまりに勢いがあるので思わず身を引いてしまう。太陽は遠くで静かに輝いているだけなのに、その放つ光がこんなにも騒がしい朝は初めてだった。光というのは沈黙の象徴だと思っていたが、もしかするとこちらが聞こえていないだけで、普段から好き勝手にしゃべり散らしているのかもしれない。

そんなことを考えているうちに、光が床の端でふっと形を丸めたように感じた。もし光が感情を持っていたら、今日のこれはきっと何か言いたい日の態度なのだろう。人間だって、伝えたいことがある日はどうしても声が大きくなる。光だって同じなのかと思うと、不思議と腹が立たない。むしろ今日はどんなメッセージを運んできたのかと考える余裕すら出てきた。

外へ出てみると、街のあちこちで光が跳ねていた。車の屋根、建物のガラス、道の隅に落ちた小さな水たまり。そのすべてがきらきらと弾み、まるで何かを急いで知らせているように見える。こんな朝は仕事の前に立ち止まらないと損をする。光がここまで必死に何かを伝えようとしているのだから、受け取れるものは受け取っておくべきだ。

しばらく歩いていると、ビルの影の端で光が一瞬だけ揺れた。その揺れが妙に胸に刺さって、私はそこで立ち止まった。なぜかその瞬間だけ、光が笑っているように見えたからだ。太陽は変わらず遠くにある。なのに、そのひとかけらが私に向けて笑ったように感じたのだ。そう思った途端、今日の妙に騒がしい光の理由が分かった気がした。これは単なる現象ではなく、私が何かを見落としていたからこそ気付けた変化なのかもしれない。光はいつもそこにあるのに、私はその表情を読み取ろうとしていなかったのだ。

こんな朝に出会えるなら、毎日少しくらい早起きしてもいいと思える。光が騒がしい日は、私の心が何かを思い出そうとしている日だ。そう考えると、このざわつきが妙にありがたいものに感じられた。今日の光は確かに騒がしかったが、それは嫌な騒がしさではなく、背中を押してくれるような明るい騒ぎだった。
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