【本田教之】 消しゴムのかすを集めて生きている気がする

記事
ビジネス・マーケティング
仕事をしていると、時々ふとした瞬間に思うことがある。僕が本当に作っているのは“作品”ではなく“消しゴムのかす”なんじゃないか、ということだ。

たとえば、イラストを描くとき。描いては消し、描いては消し。完成した一枚より、机の端に積もった白い小さなカスの方が、なんだか僕の努力の形をしている気がする。あの粉の一粒一粒に、悩んだ跡や迷った線、試したアイデアが詰まっている。

最近、ココナラでサービスを出してから特にそれを感じるようになった。お客様に納品するのは、もちろん“完成品”だ。でも、自分にとって一番リアルなのは、その裏側に積もっていく「試行錯誤のかけら」だ。消しゴムのかすみたいに地味で、見せられないほど雑多で、でも確かにそこにしかない価値がある。

誰かに依頼されてつくる作品は、相手のイメージとのすり合わせの連続だ。最初の打ち合わせでイメージを掴んだつもりでも、いざ形にすると「なんか違う」となる。そこから微調整を繰り返す。まるで紙の上で線を何度もなぞって、また消しているような感覚だ。消しゴムのかすは増えるけれど、そのたびに少しずつ輪郭が見えてくる。

面白いのは、失敗した部分やボツになった案ほど、後で別の仕事のヒントになることだ。消した線が、時間を置いてまた別のアイデアの種になる。つまり、消しゴムのかすの山は、未来へのメモみたいなものだ。あの雑多な残骸が、次の何かを生み出す下地になっている。

昔の僕は、完璧を求めてばかりいた。消しゴムのかすが出るたびに、「まだ下手だな」と落ち込んでいた。でも今は、その山を見て「今日もちゃんとやってるな」と思える。失敗も修正も、積み重ねれば形になる。そう考えたら、毎日の作業が少しだけ愛おしくなった。

たまに、消しゴムのかすを指で集めて、小さなボールにする。子どものころの癖が、今も抜けない。指先で転がしてみると、驚くほど弾力がある。どれだけ擦り切れても、消しても、集めればちゃんと形になる。あれを見ると、自分のやってきたことも無駄じゃない気がしてくる。

もし誰かに「あなたの仕事は何ですか」と聞かれたら、最近はこう答えたい気分だ。「消しゴムのかすを集める仕事です」と。誰かの“完成”を支えるために、何度も描いて、何度も消して、それでも前に進む。見えない部分にこそ、僕の時間と熱量が詰まっている。

ココナラで活動していると、そんな“見えない努力の積み重ね”をたくさん目にする。デザインでも、文章でも、占いでも。みんな、目には見えないところで何百回も線を引き直している。表には出ない消しゴムのかすが、あらゆるサービスを支えている。

今日もまた、机の上に白い粉が積もっている。それを見て、僕は少し笑った。こんなに小さなかけらたちが、僕の仕事の証なのだと思う。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら