忘れていた感覚

忘れていた感覚

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私はもともと、

勘がいい方でした。

「どうして、そんなことが分かるの?」

そう言われても、

何が不思議なのか分からないくらい。

それを、

自分が勘のいい人間だからだとも、

思っていませんでした。

むしろ、

「どうして分からないのだろう」

と思っていたくらいです。

けれど、

いつの頃からか、

私はそんな自分の感覚を

忘れていました。

身体が疲れ切り、

自分の声さえ聞こえなくなっていたとき、

直感のような感覚も、

いつの間にか遠くなっていたのです。

戻ってきたことを、思い出した


身体が少しずつ癒やされ、

自分の小さな声を

聞けるようになってくると、

直感の感覚も、

少しずつ戻ってきました。

というより、

新しく身についたのではなく、

「そういえば、私は昔からこうだった」

と思い出したような感覚でした。

理由は分からないけれど、

こちらの方がいい気がする。

今は動かない方がいい。

なぜか、この人が気になる。

以前なら、

そんな感覚が浮かんでも、

気のせいだと打ち消していました。

けれど、

小さな声を聞き、

その声に応えていくうちに、

その感覚を、

もう一度信じられるようになったのです。


では、

私はいつから、

自分の感覚を無視するようになったのだろう。

そう考えたとき、

思い当たることがありました。

「普通になろう」

と思い始めた頃からかもしれない。


「なぜ?」と聞かれるたびに


「どうして、そう思うの?」
「なんで、そうなるの?」
「なんか変わってるよね」

周りから、

何度もそう聞かれることがありました。

けれど、

私にも理由は分かりません。

ただ、

そう感じる。



それだけだったのです。

けれど、

「そう感じるから」

では、

分かってもらえない気がしました。

理由がなければ、

納得してもらえない気がした。

だから私は、

自分でも説明のつかない感覚を、

一生懸命、

人に分かってもらおうとしていました。

自分がすることにも、

自分の考えにも、

そして直感にさえ、

「なぜ、そう思うのか」

という説明をつけるようになっていきました。

本当は、

理由より先に感覚があった。

けれど私は、

その感覚だけでは足りないと思うようになっていました。


「私のことを、誰か説明してほしい」


それでも、

うまく説明できないことは残りました。

人からいろいろ言われるたびに、

私はだんだん、

自分のことが分からなくなっていきました。

私の感じ方は、

おかしいのだろうか。

なぜ私は、

みんなと同じようにできないのだろう。

どうして私は、

こんなふうに考えるのだろう。

そして、

いつの頃からか、

「私のことを、誰か説明してほしい」

と望むようになっていました。

私はどういう人なのか。

なぜ、こんなふうに感じるのか。

なぜ、周りと同じようにできないのか。

自分では分からないから、

誰かに答えを出してほしかったのです。

けれど今思えば、

私は自分を知りたかったというより、

自分が間違っていないと分かる説明を、

ずっと探していたのかもしれません。

自分の感覚と、人との違いの両方を知った


自分の感覚を、

もう一度大切にするようになってから、

選ぶものが変わりました。

人との関わり方も、

仕事も、

選ぶ環境も、

以前より少しずつ、

自分に合うものを選べるようになりました。

昔の私は、

自分の感覚だけを基準にしていたところもありました。

だから、

「なぜ分からないの?」

と思うこともあった。

けれど、

周りに合わせようとして、

自分の感覚を見失った時間があったからこそ、

人にはそれぞれ、

違う感じ方があることも分かるようになりました。

今は、

自分の感覚を大切にしながら、

相手には相手の感覚があることも、

以前より理解できるようになった気がします。

自分に合わせすぎるのでもなく、

人に合わせすぎるのでもない。

自分の感覚も、

人との違いも、

どちらも大切にする。

遠回りしたからこそ、

私はようやく、

自分の直感と、

少しずつ上手につき合えるようになってきたのだと思います。


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