間があいてしまいました。
さて、前回に続けて、愚痴聴き屋さんを始めた理由です。
愚痴聴き屋さんの本領は、「共感」だと思っています。
ゆらのとは毒親の元に生まれ、幼いころから両親の愚痴を聴いて育ちました。
この毒親というのは、ゆらのとの場合、非常に両親の仲が悪かったのです。
それに、ゆらのとにはすこし年の離れたきょうだいがいました。きょうだいの世話をして、親のメンタルケアもする。
今思えば立派にヤングケアラーなるものをしてましたね。
ヤングケアラーだったゆらのとは、両親の愚痴を聴き、きょうだいの世話をする中で、まだまだ子供だったのに、大人として扱われるようになりました。
同年代よりも親や大人の話を聴いている方が長かったゆらのとは、自然と大人の話が理解できるようになりました。
大人の話を聴いて、理解して、実際に経験したことがないはずなのに、まるで頭の中に記憶が捏造されていくような感覚さえ覚えました。
そうして、大人たちの愚痴が理解できるようになったゆらのとは、立派に共感屋さんになっていました。
愚痴聴き屋さんのスキルは、「傾聴」だと思っています。
ゆらのとは共感屋さんとなりました。齢にして小学生の頃だったと記憶しています。
不仲な両親はゆらのとにも常にあたりが強く、ゆらのとは常にダブルバインドを強いられる生活をしていました。今でこそアウトだとわかりますが、世界のすべてが家と学校しかなかった幼いゆらのとには、家も学校もサバイバルを強いられる場となってしまいました。
※ダブルバインドとは、出された選択肢からどれを選んでも不正解、という状態。「怒らないから言ってごらん」→正直に言うと怒る、のような状態。
ダブルバインドの大人や小さな社会に閉じ込められたゆらのとは、次第に会話する意思をなくしていきます。もちろん話すことは苦手になり、親や大人の様子をうかがう子供になりました。
しかし、幸か不幸か、これは後々「傾聴」というスキルの元になりました。
ゆらのとは、上記の通り話すことが苦手な子となりました。
けれどそれは逆に、「聴くのが得意」とも言い換えられるようになりました。
成長し、アルバイトをしたりして家や学校以外の人と触れたり、
学生を卒業して社会人になったゆらのとは、人の話を聴くことが、とても楽しいことだと感じるようになりました。
自分ではない人の経験、自分では選ばなかった道の話。
自分では苦痛に感じないものを苦痛だと思う人、自分には思い至らない思考。
まるで物語がそこにあるかのようでした。
自分が話し続けるだけでは、きっと話してもらえなかったいろんなこと。
ゆらのとはバックボーンの違う人たちの話が大好きです。
まったく知らない人たちの愚痴や苦労は、「大変だったんだな」という気持ちこそわかるし心も痛みます。けれど、自分には成しえないという点で非常に魅力的な経験を積まれてきたんだなと、思わずにはいられないのです。
渦中にいる本人は、つらく苦しい中でも、外側にいるゆらのとは、そこに光があるように思えて仕方がないのです。
それをどうにかお伝え出来たら、少しでも希望が見えるかなと思ってしまうのです。
そんなこんなで、お仕事を辞めたゆらのとは、かねてより気になっていた「愚痴聴き屋さん」を開店したのでした。
こんにちは、ゆらのとです。
いつかあなたのお話を聴かせていただけたら、嬉しいです。