占い師になる、ことについて
これは結論から言えもしないただのうだうだとした一人の人間の葛藤を納めている駄文ですので、お心に余裕のある時にお読みいただいた方がいいかもしれません。
また、読んで気分がよくなるものでもないかもしれませんのでご注意ください。
(※また一部占い師について悪いイメージを語る文章が含まれますが、現職で占い師をされている方々を貶めているとかそういうものではありません(認知のゆがみです)、一部不快になる表現があるかもしれませんのでご注意ください)
私は現在占い師(のようなもの)として、活動をしています。
それは誰に認められているわけでもなく、とある理由から社会に適合することが難しくなり、どの職業にもつけずふらふらとあてどなくさまよって、ちょうど道すがらにあったその占い師という席にどうにかこうにかすがりつこうとしている、そんな風に占いの道に入りました。
本当ならばこのように入るものではないと思いますし、きっと読んでいる方からは「そんな人間は占いをするな」といわれてしまうこともあるでしょう。「そんな人に心を開いて占われたくない」と思う方もいると思います。それは正しい反応かと思います。(けれど、そんな中でも私を選んで鑑定の依頼をしてくださっている方々に対して改めて感謝の意をここで)
その中でも認めてくれる人が一人でもいれば、私はその席に座ることができます。
その一人とは、他人でなくてもいいのです。自分さえ「占い師だ!」と認めてしまえば占い師として名乗れます。
しかし、私はそれがどうしてもできませんでした。
自信のなさももちろんあったと思います。(けれど、これは数さえこなしていけば解決する問題だといわれましたし、実際、自己肯定感の低い己を外堀から埋めて納得させるのに友好的でした。ただ、己の自己肯定感の低さはかなり深いものであり埋まるのみは相当の数が必要だったようです。
それ以前に、占い師になることしかできない自分が(これは他の占い師の方を貶めているとかそういうものではありません、一部不快になる表現があるかもしれません。)あまりにも情けなかったのです。
親に何不自由なくとまではいきませんが、凡そ問題のない成長環境を与えられていたと思います。どの家族にも何かしらの欠点がありますが、それらは人の集まるコミュニティ上、仕方のないことです。なのである種の欠点のようなもの、問題の様なものはありましたが、虐待を受けているような環境ではありません。きちんと愛情を受けて育ってきていると思います。それはとてもありがたいことです。感謝してもしきれないでしょう。
そうして、大した反対も文句もいわずに高い学費の私立大学まで通わせていただきました。(その頃は存命だった祖父や祖母のおかげでもあります)
そして、紆余曲折の大学生活をすごしているのちに就活の時期になります。
ああ、ちゃんとした会社員になって、お金をきちんと稼いで、苦労をかけた両親を少しでも楽にさせてあげたいと、思っていました。
けれど、私は就職浪人になってしまいました。
人が少ない席を取るために、自分を会社にアピールし、値踏みされ、選ばれた方は席に座ることができ、選ばれない人は椅子に座れずにずっと椅子取りゲームをしています。
私は、この面接会場にいる誰かを踏み台にしていかなければいけないのかと、当時は思いました。
私は元来人と競い合うようなことはとても苦手で、ゲームでも勝負事もあまり好きではありません。それは自信のなさから、どうせ負けるから、どうせ勝てないからという気持ちからきているものだったのかもしれませんし、だれかを負かすこと、自分が勝つことに対して楽しみや喜びをあまり感じられていないのもあったのかもしれません。
短い今までの人生の集大成として、行われる就活という大きな戦いの只中に放り出された時に、私は何もできずに、呼吸が難しくなった時もあります。
学生生活のなかで活動としてやってきたことも、あればアピールする点が無いわけでもなかったとおもいます。誰かを助けること、支えること、企画を考えること、人をまとめること、など様々な役割の立場にありました。でも肝心な発言をする自分に対して信用も自信もなく自己肯定感が低かったので、私という人間を雇用することで御社にとってこういった利点があります!など、そんなアピールをすることが難しかったこともあります。
ないことをあるかのように嘘を固めて喋っているようで、見栄をアピールしているようで、ずっと居心地も悪く口の中が気持ち悪かった。実際してきたことなのに、相手の人がすごいことを成し遂げてきたような人と勘違いしてしまうかもしれないと、
私なんてなににもなれない人間なのに。と、
皆が同じようなリクルートスーツを着て、はきはきと喋り、ヒールでオフィス街を歩いていきます。帰るころには常に靴擦れがあって、断線したタイツがありました。
ああ、この戦いで私は生き残ることができない。ぼんやりと思ったのは秋に差し掛かったころでした。みんなが椅子取りゲームをしている中、部屋の隅で疲れ果ててぽつんと座り込んでしまって、体育の見学をしている学生のようでした。
私はせめて卒業だけはしようと方向を切り替えました。最終学歴だけは大卒だけにはしようと、
心を病んでいたため、卒業論文も教授から「前年度の物をブラッシュアップしたものでいい」とお目こぼしいただき、無事卒業となりました。
その時ちょうど派遣の仕事が決まり、春休みも無いままに卒業してすぐに働き始めました。
就職浪人をした己に春休みなんて許されないと思ったのです。
一刻も早く働いて、稼いで、貯めて、いつか両親や家族に何かあったときのためにと、
(この頃すでにお金の認知も歪んでいました。自分の貯金なのに使ってはいけないものという認識になっています。
その後なんかかんやあって、やっぱり働くことが難しくなってしまったんですね。
リクルートスーツの方を見かけるたびに、あの頃の事が頭をよぎってしまってどうしても心がひんやりとしたりしますが、心の中で「無理しないでね、おばさん応援してるからねーー!」と勝手にエールをおくっています。
新卒なり中途なり、就職活動をする方々、前を向いて少しでも歩いていこうとしている方々が、まぶしくそして心のそこからその行為に敬意を表して応援しています。
大学を卒業した学歴(そもそもそんなに頭のいい大学ではない)の(大金をはたいてもらった)人間が、いくつかの会社での経験をしたあとに無職になってしまったのです。
自分は大失敗だなと。
色々あって、パートナーとともに実家に厄介になっている時期がありました。そんななかでも両親は毎日なにかしら働いているわけです。定年の年齢もどんどんと遅くなり、体を壊しながらでも、陽の光を浴び続けながらでも、働いているんです。お前もだらだらとしていないで働けと言いたいでしょうに、自分の娘やパートナーについて察しのいい母はたまには体を動かした方がいいよ、と言うぐらいで就職については強くいってきませんでした。
父が一度認知症になった叔母のところに通ってくれないかとお願いされたことがありましたが、当時の叔母はとても遠いところに住んでいたため、気力と体力からもそれが難しいと断ったことがあります。それができていたら、私は役に立つことができたのだろうか、
私は一体どうしてこうなってしまったのかと、
そうなってしまった原因はたくさんあり、様々なものが積み重なって症状として現れているんだと思います。
田舎なのでプライバシーもそこまでない環境で、近所のおばさんが「どこで働いているの?」と聞いてきたときには顔が凍り付いていました。(優しい御仁なので、そういった福祉の支援も知り合いがしているからという紹介も頂きましたが、その時の自分にはその行動はできませんでした。
けれど、なにかしなければと
なにかしなければ、息をするために
許してもらうために、何に?
お金を稼がないと、生きていることを肯定されるために、まっとうな人生を歩まなければという考えが私の根底にあったと思います。
まだ精神状態も情緒も乱れているのに、なにかしなければと躍起になって田舎の乏しい求人を探しては、仕事はできても結局体がいうことを聞いてくれなくて、いくつかの会社様に迷惑をかけた経緯もあります。
週5フルタイムで働き続けることが当たり前の世の中が怖い、そんなに働くことができない、体力的にも気力的にも、そして人と関わることも(表情や雰囲気を読み取ること、言葉の選び方、しぐさ何から何までの情報が私にとって怖いものとして認識していました)
あの穏やかな両親に育ててもらっていたのに、占い師としてある種普通ではない、道が外れた人生を歩んでいいのか(これは私に対して述べているだけであり、他の占い師の方をそういった目でみている訳ではありません。再度)、私はその踏ん切りがずっとつかないままこの席に座れずにいます。
その決定は誰でもない私がするべきことで、他者が「いいんじゃない」と優しく声をかけてくれても、ありがたくも背中を押してもらうことで助けを頂いてもそれを糧に決定することはできないのです。私がきちんと考えた上で決定をくださなければなりません。
なぜならば、もしも何かあったときにその方たちに申し訳ないからです。責任を一人で背負うために一人できめねばなりません。
占い師ときいて、どのようなイメージがあったか、
私自身生まれて(小学生の間で流行っているようなおまじないの様なものを除いて)占いに触れたのが随分大きくなってからです。
占い師ってどんなイメージ?
人の考えていることを当てるすごい職業
人の悩みで飯を食べている職業
人の未来を見通す力を持っている職業
これだけでなく、誰もが占い師に対していろんな解釈を持っていると思います。私はあまり身近にそういう存在がいなかったので大きくなってからしか触れることができませんでした。
占い師は当時のテレビで出ているような(名前も覚えていない)人しか知らず、豪奢な服をきてテレビでは話をしていました。知識がなかったので当時は霊媒師や占い師などあまり区別をつけずにどちらにもあまりいい印象を抱いていなかったこともあります。
すごい高い金額を吹っ掛ける怖い人たちだと思っていました。
実際に出会った占い師の方々は、真摯に話に耳を傾け、カードを引いたり高次の存在と対話していました。
私には霊感の様なものはなく(誰にだってあるけど感じることができないだけだよ、といってくれました)高次の存在とお話をできるような人でもなければ、霊が見えるような人でもありません。
ただ、相手の相談内容の事を考えてカードをめくるだけです。
もしかしたら、人によっては誰にだってできるようなことをしているようにも見えるかもしれません。
私自身の占いのスタイルは、その方の悩みや話を聞いて、その方の性質を知り、その上で対話していくものになっています。中には話すことがうまくないとご自身を否定してしまうかたも中にはいますが、カードが助けてくれますし、ゆっくりでいいので無理はしないでくださいね、と伝えています。
自分自身が心を病んでいる経験があることで、同じく心を病んでしまった方との対話の際のアプローチとして過去の経験を活かしています。(病んでいる方は皆同じ道筋をたどっているわけではないので、何を思い何を感じてこられたのか、置かれていた家庭環境など、完全に理解することはできません、けれどできうる限り思考を巡らせ、寄り添いたいと思って行動しています。その方にとって不快でないように常に注意をしなければなりませんが、できていなかったら大変申し訳ないなと思います)
この行いはもしかしたら、見ようによっては高慢といわれてしまうかもしれません。
ただ、私も相談者の方も同じ病んでいるもの目線で視座は変わりません、上から目線でものを言いたいわけではなく、同じ病んでるもの同士無理のない程度に生き抜いていこうね、ぐらいの気持ちです。
また、自分自身もいまだ心の病と戦っている最中にあり、自分を救うことの必要性も感じています。どのようにしたらいいのか、どうしたら前に踏み出せるのか、他者に対してはこうしてみるのはいかがですか?などのアプローチはできても、肝心の己ができていないのでは信頼に欠けてしまいます。
お前ができてないじゃん、と。誰が耳を傾けてくれようか。
かける言葉、思いつくアイデア、相手の環境や精神状態、体調を想像する力、その状態でなにができそうなのか。そして、受けていない福祉の支援はないかどうかなど、
頭にあるもやもやと、少しでも吐き出して、ちょっとでも楽になってくれればいいなと、思いゲーム内などで鑑定を続けていました。
相談に来てくださっているお客様で私の鑑定で「カウンセリングを受けた」とおっしゃられた方がいました。
ああ、私は占いを通じてカウンセリングのような事をしているのか、とその時に思いました。同時にそのようにできていると言っていただけた時はありがたかったです。
逆にこちらが救われたような気持ちになりました。
私の言葉でも手助けできる心がある、それがとてもうれしかったのです。
その方にとってサポートになる言葉を向けることができた、
ああ、私はこういうやり方でなら”占い師”としてもやっていけるのかもしれない。まだ決断も、前に進む勇気もないけれど、いつか勇気ができたらその時はそういった形で占い師として活動をさせていただきたいと思いました。
心療内科やメンタルクリニックなどで、保険適応でカウンセリングをしているところというのは現状かなり少なく、基本的にカウンセリングを受けようと思えば、10割負担の高額なものがかかってきます。
私としても処方された薬の予後の確認や、薬の調整だけでなく、悩みを打ち明けたり心の整理としてカウンセリングを使いたいと思っている一人ですので、できれば保険適応にしていただけないかと思っています。
そしてお医者様の合う合わないもありますし、もちろんカウンセラーの方も合う合わないがあります(もちろん私に対してもそうです
薬を飲んでいても、考え方や自分の心の深い傷は治りません。ただ対症療法なだけです。
誰かとともにその傷に触れて、形をとらえて理解し、絡まっているものを時間がかかってもゆっくりと解きほぐさねばなりません。
そうして、自分を認め、自信を持ち、前に向かっていけるのだと思います。
後ろを振り向かずにずんずんと前に進まれる方ももちろんいらっしゃいます。それが悪手だとはおもいません、その方にそれができるだけの原動力があることはとてもすごいことだとおもいます。
ただ、もしも足が止まってしまったときは、それらが必要になるとおもいます。
なので、資格を持っているわけでもないけれど、タロットを交えて話をきいてくれるおばちゃんぐらいの占い師になれたらいいなと思いました。
私も私と頑張って向き合う努力をしていきますし、タロットからもやれと言われています。
よければ、一緒にがんばっていきましょう。
現在はAIの進化がめざましく、ChatGPTに相談できたりもしますね、丁寧な言葉でこんこんと悩みを書いていけば、AIもそれに併せて丁寧に返事を書いてくれます。
まるで人間が書いてくれているような心のこもった文章の様なものが次々に出来上がっていく様は毎回みていてすごいなと思います。
もしかしたら、どこにも悩みを打ち明ける場所がなくてお金もなくて、どうしようと困っている方で、まだChatGPTを使ったことがない方がいらっしゃったら、おすすめしておきます。(言葉を売る占い師手前の人間の言葉とは思えないかもしれませんが
世の中いろんな方が困窮している昨今、対価としてどうしてもお金をもらうことが必要になってくる占い師の言葉が、もしもその方にとって不快なものだったらとても悲しいと思います。求めていた言葉をもらえなかった、責められたような気持になった、気持ちが軽くなるどころか重たくなってしまった。もしもそうなってしまったら、とても悲しい。
なので、そういった無料のツールを使って少しでも心が楽になるならば(占いに来てほしいというよりも心に悩みを抱える方が一人でも減ってほしいという気持ちが強く根底にあるので)私はほっとするので、おすすめです。
でももしも、いつか人が生み出した言葉で勇気をもらいたい、心の整理を手伝ってほしい、心にあるもやもやがなんなのか正体を知りたい。
こういった傾向の思考はいつから生まれたんだろう。
など、いろんな形の悩み不安、ふと思いついた疑問。
ChatGPTでなく、人間の言葉でそれを聞きたいと思ったとき、
そして、その相談相手が(きちんとした資格を持たれている方もいらっしゃるので、そちらを当たることができず)もしもこういった経緯のある私でよければ
いつでもお待ち申し上げております。
やまなか みのる