夜に読む、恋の記憶 第6話

夜に読む、恋の記憶 第6話

記事
コラム
花火大会の日、
私は少しだけ早く家を出ました。

慣れない浴衣を着て、
何度も鏡の前に立って。

髪も、いつもより丁寧に結びました。

彼に会ったら、
何て言われるかな。

似合うねって、
言ってくれるかな。

そんなことを考えながら、
駅まで歩きました。

待ち合わせ場所には、
彼が先に来ていました。

私に気づくと、
少しだけ笑って、

「浴衣なんだ」

そう言いました。

それだけでした。

でも私は、
その一言だけでも嬉しかったんです。

人が多くて、
歩くたびに肩がぶつかりました。

屋台の匂い。
遠くから聞こえる太鼓の音。
誰かの笑い声。

夏の夜は、
少しだけ特別に見えました。

彼は時々、
「大丈夫?」
と振り返ってくれました。

そのたびに、
私は小さくうなずきました。

本当は、手をつないでほしかった。

人混みではぐれないように、
自然に手を伸ばしてくれたらいいのに。

そう思いながら、
私は彼の少し後ろを歩いていました。

花火が上がる少し前、
彼が言いました。

「ここ、見やすいかも」

川沿いの少し空いた場所に、
ふたりで並びました。

夜空に、最初の花火が上がりました。

大きな音がして、
空が一瞬だけ明るくなりました。

きれいだね。

そう言おうとして、
隣を見ました。

彼は花火を見ていました。

その横顔が好きでした。

隣にいるのに、
少し遠い人みたいでした。

花火が何度も上がるたびに、
周りの恋人たちは自然に寄り添っていました。

肩を寄せたり、
手をつないだり、
写真を撮ったり。

私は、
彼との距離を少しだけ近づけたくなりました。

でも、できませんでした。

彼の隣にいるのに、
彼女みたいにはなれない。

そんな気がしていたからです。

帰り道、
駅まで歩きながら彼が言いました。

「今日、楽しかったね」

私は笑って、

「うん」

と答えました。

本当は、言いたかった。

私は楽しかったよ。
でも、少しだけ寂しかったよ。

浴衣、どうだった?

今日の私は、
あなたの目にちゃんと映っていた?

でも、そんなことは言えませんでした。

改札の前で、
彼はいつものように手を振りました。

「じゃあ、また」

その言葉に、
私はまた期待してしまいました。

また会える。

また、こんなふうに隣を歩ける。

でも、家に帰って浴衣を脱いだ時、
急に涙が出そうになりました。

楽しかったはずの日ほど、
あとから寂しさが来ることがあります。

写真を見返しても、
そこに彼と私の写真はありませんでした。

花火の写真。
屋台の写真。
川沿いの夜景。

ふたりでいたはずなのに、
ふたりの証拠だけがなかった。

その夜、私は思いました。

好きな人の隣にいることと、
ちゃんと大切にされていると感じることは、
同じじゃないのかもしれない。

花火はあんなに綺麗だったのに、
私の心には、少しだけ寂しさが残りました。

あの夏の夜、
私は彼の隣で笑いながら、
本当はずっと、
手を伸ばしてほしかったんだと思います。

心葉(ここは)♡

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