夜に読む、恋の記憶 第8話

夜に読む、恋の記憶 第8話

記事
コラム
スマホの写真を整理していた夜、
彼の写真が出てきました。

消したはずだったのに。

忘れたふりをしていただけで、
ちゃんと残っていました。

写真の中の彼は、
少しだけ照れたように笑っていました。

たしか、あの日は
たいした予定もない日でした。

駅前で待ち合わせをして、
なんとなく歩いて、
途中で見つけた小さなカフェに入りました。

彼は甘いものが苦手だと言いながら、
私のケーキをひと口だけ食べました。

「思ったよりおいしい」

そう言って笑った顔が、
なんだか可愛くて。

私は思わず、
スマホを向けました。

「撮らないでよ」

そう言いながらも、
彼はちゃんとこっちを見てくれました。

その写真でした。

あの時は、
この写真を何度も見返す日が来るなんて、
思っていませんでした。

会えない日も、
少し寂しい夜も、
その写真を見ると安心できました。

ちゃんと一緒にいた日がある。

ちゃんと笑ってくれた日がある。

ちゃんと私の隣にいてくれた日がある。

そう思いたかったのかもしれません。

でも、いつからか、
その写真を見るたびに苦しくなりました。

もう戻れない時間なのに、
画面の中だけはずっと優しいままで。

写真の彼は、
私を傷つけませんでした。

冷たい返事もしない。
約束を曖昧にしない。
急に遠くなることもない。

だから余計に、
手放せなかったのだと思います。

その夜、私は写真を開いたまま、
長い時間ぼんやりしていました。

消そうかな。

何度も思いました。

でも、指が動きませんでした。

消したら、
あの時間まで嘘になってしまうような気がしたんです。

好きだったことも。

嬉しかったことも。

隣にいられて幸せだったことも。

全部、なかったことにするみたいで、
できませんでした。

でも本当は、
写真を消せなかったんじゃなくて、
あの頃の自分を消したくなかったのかもしれません。

彼を好きだった私。

小さなことで喜んでいた私。

この先も続くと信じていた私。

少し不器用で、
少し夢中で、
でもちゃんと一生懸命だった私。

その自分まで、
捨てなくてよかったのかもしれません。

私は写真を消しませんでした。

その代わり、
お気に入りから外しました。

何度もすぐに見返せる場所ではなく、
少し奥の方へしまいました。

忘れたわけではありません。

でも、もう毎晩そこへ戻らなくてもいい。

そう思えた夜でした。

彼の写真は、
まだスマホの中に残っています。

でも、あの頃の私を苦しめるものではなく、
ちゃんと好きだった時間の記憶として、
少しだけ静かになりました。

消せなかった恋を、
無理に消さなくてもいい日がある。

ただ、何度も傷つく場所から、
少しだけ離してあげればいい。

あの夜、私は写真を消さずに、
自分の心を少しだけ守りました。

心葉(ここは)♡

   *

次回は、思い出の曲について
心に残っている恋の記憶を、綴りたいと思います。

また夜に、心葉(ここは)♡の物語を読みに来てくださいね。

恋の気持ちを誰かに話したくなった時は、
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