夜に読む、恋の記憶 第9話

夜に読む、恋の記憶 第9話

記事
コラム
彼の好きだった歌を、
偶然お店で聞いた夜がありました。

もう思い出さなくなったと思っていたのに、
そのイントロが流れた瞬間、
足が少しだけ止まりました。

あの人がよく口ずさんでいた歌。

車の中でも、
帰り道でも、
何でもない夜の電話でも。

「この曲、好きなんだよね」

そう言っていた声まで、
一緒に戻ってきた気がしました。

私は何も買わずに、
そのお店を出ました。

外は少し蒸し暑くて、
夏の夜の匂いがしました。

もう終わった恋なのに。

もう連絡先を開くこともないのに。

たった一曲で、
あの頃の気持ちが戻ってくるなんて、
少し悔しかった。

家に帰ってから、
私はその曲を検索しました。

聞かなければよかったのに、
どうしても聞きたくなりました。

再生ボタンを押すと、
懐かしいメロディーが部屋に流れました。

彼と一緒にいた時間が、
少しずつ思い出されました。

助手席から見た夜の道。

信号待ちの横顔。

私が何か言うと、
少しだけ笑ってくれた声。

特別な言葉をもらったわけではないのに、
あの頃の私は、
それだけで幸せでした。

でも、曲が進むにつれて、
だんだん胸が苦しくなりました。

この歌は、
私だけの思い出じゃない。

きっと彼は今も、
どこかで何気なく聞いているのかもしれない。

何も思い出さずに。

私のことなんて、
少しも思い出さずに。

そう思ったら、
急に寂しくなりました。

同じ歌を覚えていても、
同じ気持ちで覚えているとは限らない。

同じ時間を過ごしていても、
同じ重さで残っているとは限らない。

それが少しだけ、
悲しかったんです。

曲が終わったあと、
部屋はまた静かになりました。

私はもう一度、再生しようとして、
指を止めました。

これ以上聞いたら、
またあの頃に戻ってしまいそうでした。

でも、戻りたいわけではありませんでした。

ただ、あの頃の自分が、
まだ少しだけそこにいたんです。

彼を好きだった私。

小さなことで喜んで、
小さなことで不安になって、
それでも一生懸命だった私。

その自分を、
笑わなくてもいいのかもしれないと思いました。

たった一曲で思い出してしまうくらい、
ちゃんと好きだった。

それだけのことだったんだと思います。

私はその曲を、
プレイリストからそっと外しました。

嫌いになったわけではありません。

ただ、今の私が毎日聞く場所には、
もう置かなくていいと思ったんです。

彼の好きだった歌は、
今もどこかで流れているかもしれません。

でも私はもう、
その曲が流れるたびに、
彼のことだけを思い出さなくてもいい。

あの歌は、
あの頃の私がちゃんと恋をしていた記憶。

そう思えた夜でした。

心葉(ここは)♡

   *
次回は最終話です。
最後のお話もあなたの心にに届きますように☆

恋の気持ちを誰かに話したくなった時は、
電話相談で心葉(ここは)♡がお話をお聴きしています。


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