56才の決意

56才の決意

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コラム
今年の春、私は人生の大きな迷いの中にいました。

離婚を機に実家で母と二人暮らしを始め、パート生活。
母は肺がんを患っているためサポートのつもりでしたが、
まだそこまで出番もなく、なんとなく気楽に続けてた。

パート勤めの理由はもう一つあって、
妹が引き継いだ実家の会社が大変で、その手伝いもしていたからです。

しかし、不景気や物価高の波が直撃、赤字経営の危機になり、
「事業を縮小しようかと思っている」と妹から打ち明けられた。

少し迷いましたが、私は自らリストラを名乗りでました。
「私が他で正社員になって働き、母を養うから、会社から母への役員報酬はカットしていいよ」と精一杯の提案をしたのです。

妹は複雑そうな顔をしていた。
本当は少し不安もありましたが、強がって、妹を安心させたくて笑ってみせました。
「これが私に出来ることだから」と。

そう自分に言い聞かせながらも、56才、独身、実家暮らし。
この先のことを考えると、なんだかモヤモヤした不安が消えませんでした。

だけどじっと自分の心と向き合ううちに、一つの「違和感」に気づいた。
「私は母のために、妹のために、自分を犠牲にしようとしている。だから、こんなにしっくりこないんだ」

本当のことを言えば私はそろそろパート生活に甘んじるのではなく、
思いっきり働きたくなっていた。
自分の力でガツガツ稼ぎたいという思いが心の奥底に眠っていた。
事情や年齢を言い訳にして諦めかけていた情熱の火種。
今回の危機が図らずも燃え上がらせてくれたのです。


だったら、これを大チャンスに変えよう。
「好きな仕事で情熱的に働く。そして周りを笑顔にする。だって自分がそうしたいから」

同じことをするにしても「被害者モード」でやるのと「自分の選択」としてやるのとではエネルギーが全く違います。
人生の主導権をもう一度握るのだと決意したら、胸が熱くなってきた。

そもそも、私が実家に戻ったのには隠れた理由がある。
もともと母とは深い確執がありました。
ここに戻ってきたのは、その過去のわだかまりから逃げず、自分なりの
「落とし前」をつけるためでもあったのです。

母の肺がんの進行もあり、私たちは自宅での看取りを決めている。
だから、私にとって「母を養って看取る」というのは、単なる介護や自己犠牲ではなくて、過去の確執も全部乗り越えて、自分の手でこの親子関係をやり切る。
これこそが私の人生の大きな締めくくりであり、最高の仕上げなのだと
気づいた。

母のためでも妹のためでもなく。
これは、私が私のこれからの未来を自分で掴みとる挑戦であり、
やり遂げた時には今よりもずっと大きく、深く成長しているはず。

その時の自分を想像すると不思議と胸が踊り、その先に待っている60代現役女子として「輝く自分の自由ライフ」が待ち遠しいとさえ感じた。

そんなこんな気持ちを友人に聞いてもらいました。
そしたら、返ってきた言葉がこれです。

「56才なんて、まだまだ若いやん!!」
「これから思い切って、暴れちゃえ!!」

そう言って豪快に笑う2人は、現役バリバリの60代。

聞く相手を間違えた(笑)
でも、最高のパワーをもらいました。


その後、パートとして勤めていた訪問看護ステーションの面接を受け、無事に合格。
めでたく明日から、正社員として一歩踏み出します。

経験があるとはいえ、年齢的に周りについていくのも大変だと思う。
だけど、もう一度新人ナースの気持ちになって、学びながらやってみるのも楽しいはず。

誰かのためでなく、自分のための人生を。
私たちが「人生の主導権」さえ握り直せば、いつだって、何才からだって、
未来は明るく微笑んでくれます。






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