飼い主は本人が思うほど愛犬のことを理解していない

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コラム
今日はちょっと真面目な話をしようと思います。
愛犬の生死についての内容のため、重いですし、個人的な私情でお話しします。

そのため、いつものように客観視したお話はできないと思いますので、あらかじめご了承くださいませ。


さて!
何人かはお察しかと思いますが、私の愛犬ちゃんはすでに亡くなっています。
明日で、ちょうど一周忌です。

ラブラドールレトリバーで、出産経験のある優しくて愛情深く、厳しい女の子でした。
5歳で引き取り、10年間共に過ごしました。

対する私は、犬に対する知識欲がひどくて、実家に預けて日本国内だけでなく、海外にまで勉強しに行くことも、しばしばありました。

犬への探究心が貪欲だから、誰よりも愛犬を見れていた自信があり、誰よりも愛犬の変化に敏感だと思っていました。
少なくとも、誰よりも愛犬のことを一番理解できているのは私(飼い主)だと、本気で思っていました。


そんな時、愛犬の調子が悪くなって、なかなか回復しないため、かかりつけの獣医さんに診てもらいました。

診断後、しばらくしてからベテランの看護師さんが私のもとに来ました。
言いにくそうに「腎臓の数値が表示できないほど低くなっている」と告げたのです。

腎臓の数値とは、低ければ低いほど悪く腎臓の動きが悪いとされています。
そして、表示できない。ということは、腎臓が動いていない。機能していないということ。
言い換えれば「すでに手遅れ」と言うことになります。


つまり、
「末期の腎不全」です。


人であれば、腎不全は手術すれば治る可能性があります。
しかし、犬はそうではありません。

手術できないため、必ず死ぬのです。


目の前がまくっらになったこと、今でもハッキリと覚えています。

今思えば、予兆はいくらでもありました。
多飲多尿に、食欲低下、毛艶の変化など。
でも、全て15歳だからと、私は歳を原因に自己判断していました。

全て、私の慢心的な思い込みが原因です。
私の自惚れが愛犬を死に追い込みました。

たくさんの方にそうではない。と言われましたが、そうとしか思えないのです。
いつも犬のボディーランゲージや変化を見ていたくせに、ブラッシングもケアも毎日していたのに、何も気づけなかったんです。

誰よりも愛犬を理解していたなんて言って、自惚れていました。


結局、愛犬は診断された一週間後に息を引き取りました。


愛犬が亡くなるまで、全て仕事を休み、ずっと一緒にいました。
その期間何をするわけでもなく、普段の日常を過ごしました。

その間は、何も考えないように努力したつもりです。

犬は人の気持ちに同調する生き物ですから、私が悲しめば、愛犬も悲しむと思って。
それが良い判断だったのか、今でもわかりません。




飼い主は、自分が思うほど愛犬のことを理解していないですし、できません。

私がどうのこうのではなく、一般的にそうなのだと思います。

人間は相手を優先したり寄り添うことはできても、相手の気持ちを完全に理解することはできない生き物です。
言葉のコミュニケーションが取れる人間同士ですら難解なのに、言葉を喋らない愛犬のことなんてわかるはずありませんよね。


でも、理解しようとする意思は必要だと思っています。
今も昔も、人に対しても犬に対しても、その考えは変わりません。

自惚れや慢心などではなく、誰よりも愛犬を理解できるようにするには、知ることが一番だと考えているからです。
知らなければ、理解を得ることは不可能です。

愛犬をよく観察し、今この目線で、耳はこうなっていて、表情はこうでボディーランゲージは…、なんて細かく見たら犬の気持ちは察せるようになると思います。

しかし、他の人から見たら違う見方も出てくるでしょう。

愛犬自身を理解するには、自分だけでなく、他の人の意見を聞くことが一番近いことなのではないでしょうか。
体調面は、特に。

なので、私はこれからも、犬の知識を広めたいと思います。
愛犬をひとつでも理解できるように。
完全に理解することは不可能でも、寄り添うことはできるはずです。


はい…。
長くなっちゃいましたね

今日はこの辺でやめておきます。
語り出したら止まらないので!

それでは、今回のお話は以上になります。
最後まで、目を通していただきありがとうございました。

飼い主さまと、その愛犬に末長い幸せを願っています。

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