買い物ついでに、ゴンチャの列に並ぶ。
私にとっては、とても贅沢な時間。
ふと前を見ると、制服を着た学生らしいカップルが並んでいた。
今の学生はゴンチャでお茶デートなんてすごいよなぁ……なんて思いながら眺めているうちに、自分の高校生の頃の記憶がふとよみがえってきた。
あの頃の私は、街中や電車で見かけるカップルを見るたびに、ものすごく不思議に思っていたのだ。
「カップルって、一体お互いに何を話しているんだろう?」って。
自分とは違う「異性」という存在。しかも、きっとお互いに好みのタイプ。
だから恥ずかしいし、嫌われてはならない。そんな相手と、一体何を話したらいいの!?と本気で疑問だった。
男女の関係をなんとなく意識し始める高校生の頃って、それがすごく大きな謎であり、自分の中でハードルを思いきり上げていた気がする。
大人になって、付き合う付き合わないがまぁよくある事になった時、今度は「会話の中身でのフィーリング」が大切になってくる。
いわゆる、外見やもっと先の惹かれ合いが一通り落ち着いた後の、もっと深い内面の問題というか……。
当時はそれが本当に知りたくて、興味津々で電車の中のカップルの会話に聞き耳を立ててみたり、女友達と「実際、どんな話してる?」なんて熱く語り合ったりしていた。
今思うと、なんだかすごく可愛いことを考えていたな、とクスッと笑ってしまう。
きっと、大層な中身なんてない会話だったんだろうな、と今なら思うんだけれど。
……と、そこまで考えて、ふと思った。
「じゃあ、今の私と旦那様は、一体何を話しているんだろう?」って。
改めて考えてみたら。
子どもの話はするけれど、それ以外はほとんど、たいした話なんてしてないよな~、と思っちゃた。
お互いにとって、空気と言えば空気のような存在なのかもしれない。
あんなに昔知りたかった“カップルの会話の正体”って、今とそんなにかわらないんだろうなって。
でも、まぁ、あれはあれでよかったよなって思う。
会話に意味を持たせようと必死で、それが緊張感を生んでいたあの頃の甘い青春。
そして、たいした話をしていなくても、お互いに何でも許せるいい年になった今の大人な二人。
振り返ってみれば、どちらの時期にも、それぞれに違ったいい味がある。
すべての会話に、大層な意味なんてなくたっていい。
そんなことを思いながら、今日も日常にもどるのだ。
今にもどって、おいしさを楽しむのだ。