自分の中の「二人」の私。あきらめと、怠惰の境界線。

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コラム
「あきらめること」と、「怠けること」。
その境界線が、最近わからない。

私の中には、二人の私がいる。

一人は、無邪気に笑ってだらだらしている私。
「もうこのままがいいじゃん」「今のままで十分頑張ったよ」
そう言って、自分を許そうとする。

でも、もう一人の私は、かなりのスパルタ。
「それじゃあ成長しないでしょ」「もっと頑張りなよ」
厳しい声で、だらだらしている私を突き放す。

だから、せっかく休息をとっているはずなのに、
私の内側は焦ってきて、本当の意味での「休み」になっていない。

「人間にはもともと能力や個性があるんだから、できないものはできない」
そうやって自分をなだめている最中に、他人からの何気ないアドバイスや「……それで?」という冷たい視線を感じると、スパルタな私がまた騒ぎ出す。「改善策を考えろ」「何か行動しろ」って、私を急かすんだ。

「生きてるだけでいいんだよ、うるさい!」

そうブチ切れてみても、その影で「ブチ切れる前になにかしろよ」と冷めた目で見ている自分もいる。

……もう嫌。放り出したい。
そんな自分を「またかよ」と呆れて見ている、もう一人の私。

この、終わりのない永遠のループ。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」って、叫びたくなるよね。

今の私が出した答えは、これ。
「結局、何もしなくていい」。

「しなきゃいけない」と思うことは、しないほうがいい。
「努力しなきゃ」「頑張らなきゃ」と義務感で思うなら、
それは今、しないほうがいい。
ただ、「したい」と思ったことだけ、すればいい。

そんなことを考えながら、最近の私は「怠惰モード」で生きている。
それでまた自分を責めてしまうから、こんな葛藤が生まれるんだと思う。

だらだらしている私もスパルタな私も。
いつか、私自身が笑って許してあげられたらいいんだけどね。

今日も頑張って生きているよね私。
えらいえらい!
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