願いや望みは何のためにある?

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今日は、願いや望みに対する私の考え、捉え方をシェアさせていただきたいと思います。

願望やゴールを設定して、望み通りの現実を創造したいと、多くの人が思った
ことがあることでしょう。

では、そういった願いや望みは何のためにあるのかなと、考えたことはあるでしょうか?
それはもちろん、叶えるために夢や願望を思い描くのかもしれません。

でも、達成されることだけにフォーカスすると、その為に何かを犠牲にしたりだとか、我慢して何かに取り組んだりとか、
いつのまにか「今の自分」や「今この瞬間の人生」をおろそかにしてしまっているという事態に陥っているなんてこともあるかもしれません。

そういった時は、願望や望みは「自分の人生を豊かにする、輝かせるためのエッセンス」だという捉え方をするのはどうでしょうか?

願望や望み、ゴールを設定した瞬間から、私達の「無意識」は、カーナビのように、そこへ向かうための道筋をサーチし始めます。
顕在意識でどう達成しようかぐるぐる考えると、実現は逆に遠のいてしまったり、努力や必要以上のがんばりを続けて叶えるという形になってしまいます。

この方法だと、例えば努力だけではどうしようもないような、途方もなく大きな夢やゴールにたどり着くことは困難でしょう。
力技で行こうとすると、道のりも苦しいし、達成されなくてまたさらに苦しいという状態になる確率が高いということです。

ゴールまでどういう道筋を辿るのか、それを指し示す担当は私達の「無意識」です。
「無意識」は顕在意識がみえないところまで俯瞰してみているし、顕在意識では知りえない情報、データを持っています。
スピリチュアルな概念が好きな方は、「無意識」=「宇宙」や「源」「ソース」などと呼んでもいいと思います。

とにかく、「無意識」や「宇宙」にルート選びは任せておいて、私達はその道中を楽しんで進んでいけばよいということです。
そういう捉え方をすると、身体や心がゆるんで、日々の生活を楽しむゆとりが出てきやすいと感じます。
そのうえ、望みやゴールに行き着く確率もあがるということです。

もしも望み通りの結果が得られなかったとしても、顕在意識では考えつかないような、もっと別のゴールに行き着き、結果、「こっちの方が私がみたかった景色だ。この感覚を本当は味わいたかったんだ」と思えることが起こることもあるでしょう。

スピリチュアルでよく語られる、「サレンダー」とか「ゆだねる」とかそういう在り方に近いかもしれません。
意図したあとは、「無意識」や「宇宙」にお任せする。
あとは、感覚的にやりたいと思ったことをやったり、ピンときたところに行ってみたり、ナビが指し示した方向に舵をきっていくというスタンスです。

ゴールに辿り着くことにフォーカスするのではなく、道のりを楽しむことにフォーカスする、エネルギーを注ぐという在り方。
極端にいえば、ゴールを設定した後はそこに行こうとしないということです。

矛盾しているように思えるかもしれませんが、「求めれば求めるほど、逆に遠のく」という話を聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

ゴールや願望を「求める」のではなく、「設定する」「意図する」、「ぽんとそこに置く」みたいなライトな感覚の方が、道中も楽しめるし、結果的に自分がほしかった感覚、感情が味わえる場所へとたどり着けるのではないかなと私は思います。

願望やゴール・望みは叶えるためにあるのではなく、より輝きに満ちた豊かな人生を歩んでいく為のものだと捉えて、「今」にフォーカスして生きていくことが、私が今、惹かれる在り方です。

この文章が、読んだ方にとって、自分の人生・夢や願望について改めて考えるきっかけとなりましたら幸いです☆

ありがとうございました(^^♪



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