こんばんは!
「マンガ・アニメが伝えるメンタル予防」の専門家
「こころのクセ“リメイク”コーチ」✖「精神保健福祉士」
オサレビト光です。
ココナラでは初ブログになります。
普段は他の場所で
「マンガ・アニメ」✖「メンタル予防」のブログを書いています。
今日はマンガ・アニメではなく
「Aqua Timezの12月のひまわり」の曲と祖父の話をさせてください。
はじめに:季節外れのBGM
もうすぐ12月ですね。
街が少しずつ、冬の冷たい空気に包まれ始めるこの時期
私にとって、忘れられない「音」と「記憶」が刻まれました。
一昨日、私にとって一番関わりの深かった人、祖父が旅立ちました。
その前日のことです。
ふと立ち寄った自宅近くのローソンで、ある曲が流れてきました。
Aqua Timezの『12月のひまわり』
彼らの曲ならもっと有名な曲もたくさんあるはずです。
それなのに、なぜか私が店に入ったその瞬間にこの曲が流れていた。
まるで、これから起こる出来事を優しく予感させるかのように。
今日はこの不思議な「偶然」と祖父が最期に見せてくれた「笑顔」について、少しだけお話しさせてください。
第1章:「偶然」という言葉の本当の意味
あなたは、「偶然」という言葉をどう捉えていますか?
単なる確率の問題、たまたま起きたこと。
そう思うかもしれません。
でも、私はある言葉を知ってから、偶然を少し違う視点で見るようになりました。
「偶然」という漢字を分解して見てみましょう。
「偶」は、左が「人(にんべん)」、右が「出会い」
「然」は、「しかるべくして」
つまり
「偶然」とは
「しかるべくして、人と人が出会うこと」という意味なのです。
あの日、コンビニで『12月のひまわり』を聴いたこと。
そして、私が祖父という人間と家族になり、最期の時を過ごしたこと。
それらは全てがランダムに起きたことではなく
「しかるべくして起きた」
大切なメッセージだったのだと思います。
第2章:悲しみの中で咲いていた「笑顔」
祖父が亡くなった日
そこには、もちろん深い悲しみがありました。けれど、不思議な光景が広がっていました。
祖父の顔を見ると、口元がふっと笑っていました。
安らかで、満足げで
まるで「いい人生だったよ」と語りかけてくるような、優しい笑顔でした。
そして
周りの身内たちも涙を流しながらも、次第に祖父との思い出を語り合い、いつしか「笑い話」に花を咲かせていました。
湿っぽいだけではない
温かくて、賑やかで、愛に溢れた空間
私はその光景を見て、震えるほど「すごいな」と思いました。
これが一人の人間が人生の最後にたどり着いた「答え」なのか、と。
どんなこともいつか 喜びだったと
あなたと笑って 想い出せるように
遠いふるさとには あんなたくさんの
笑顔が咲いていたねって 想えるように
引用:Uta-Net,12月のひまわり,Aqua Timez
第3章:12月に咲くひまわりのように
生前の祖父は、いつも周りに人を集めていました。
自宅に仲間を連れてきては、ワイワイと宴会を開いたり、職場を離れて疎遠になったような人でさえ、祖父のことを懐かしんで連絡をくれたりする。
彼には人を惹きつけ、その場を明るく照らす、太陽のような引力がありました。
まさに、冬の寒さの中でも周りを温かく照らす「12月のひまわり」のような存在。
「同じようにやってごらん」と言われても、簡単にできることではありません。
計算や損得ではなく
ただ純粋に人を愛し、大切にしてきた積み重ねがなければ、最期にあの笑顔で周りを笑顔にさせることはできないでしょう。
一つも忘れたくないよ
別れの風が吹いた日も
僕には全て必要なことだったよ
引用:Uta-Net,12月のひまわり,Aqua Timez
さいごに:偶然に出会ったすべてが私を作る
あの日、コンビニで流れていた曲の歌詞が、今、痛いほど心に響きます。
悲しいけれど、寂しいけれど、それでも前を向こうと思えるのは、祖父が残してくれた「温かさ」が私の中に生きているからです。
祖父の生き様は私が目指していきたい、人生の「最後の姿」です。
あんな風に笑って、周りの人にも笑ってもらって、旅立っていきたい。
この出来事はきっと「偶然」ではありません。
祖父との出会いも、別れも、そしてこの曲との再会も。
すべてが「しかるべくして」
私の人生に現れ、私に「どう生きるか」を問いかけてくれているのです。
12月の寒空の下
心の中に咲いた祖父という名のひまわりを、私はこれからも大切に育てていきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
12月(冬)のひまわりが咲いている場所
【神奈川県寒川町】10年目の「さむかわ冬のひまわり」
寒川町役場のプレスリリース(2025年11月7日 12時00分)【神奈川県寒川町】10年目の「さむかわ冬のひまわり」