小説「生徒会長は名探偵!」最終話「さよなら名探偵」ー2

小説「生徒会長は名探偵!」最終話「さよなら名探偵」ー2

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「いやぁ、素晴らしい、実に素晴らしい!! 思った通りだ、やはり僕の目に狂いはなかった! なんて美しいカトルーシャなんだ、最高だよ百合川さん!!」
「あ、ありがとう……」
 その頃、ホールの控室では、演劇部の面々が忙しなく準備を進めていた。部長兼脚本家、演出家である三年B組の高遠(たかとお)譲(じょう)治(じ)は、天然パーマの髪を振り乱し、丸眼鏡が飛んでしまいそうなほどの勢いで頭を振って興奮していた。赤い刺繍がほどこされた白いブラウスと同じく赤いスカートに身を包み、色とりどりの花の冠を乗せた薫は、困惑しながら礼を言う。これは、ウクライナの民族衣装を参考にして作られたものだ。
ミュージカルのタイトルは、『魔女の娘カトルーシャ』。ベースになっているのは、『キエフの魔女たち』というウクライナの伝承である。
戦士の集団・コサックに所属している男、ヒョードル・ブリスカフカは、魔女の娘と噂されている美しい女性、カトルーシャと結婚する。しかし、彼女は本当に魔女の娘で、毎晩のように密かに行っていた魔術をヒョードルが真似てみると、彼は魔女や怪物たちの集まるサバトに飛ばされてしまった。
 後半は、オリジナルのストーリーとなっている。ただの人間であるヒョードルに秘密のサバトを知られてしまったことを理由に、魔女や怪物たちは彼を殺そうとする。剣で殺されかけるヒョードルだったが、それを受けたのは、愛する妻・カトルーシャだった。私が死ぬことによって魔法を発動させ、彼からサバトの記憶を失くして家へ帰らせるから、どうか彼を殺さないで欲しい――そう言い残し、カトルーシャは息絶えるのであった、という筋書きだ。
 薫は、最初こそ戸惑ったが、自分の為に母の出身国であるウクライナの伝承を題材にした脚本を書いてくれたという嬉しさ、そして良介に舞台を見てもらえるかもしれないという期待から、了承したのである。
「百合川さん、改めて、この度は本当に有難う!! 一緒に、いい舞台にしようね!!」
 薫の手を両手で包むように握り締め、大声で叫ぶ譲治。彼の熱気にたじろぎながらも、はい、と笑顔を見せる薫。
 良介くん、見てくれるかな――高鳴る胸を台本で押さえながら、彼女は開演時刻を待ち続けた。
 時計の針は、十一時半を指そうとしていた。
「会長、会長!!」
 魔女の衣装を纏った昌子が、血相を変えて出口から顔を出し、手招きをした。そして、良介の耳元で囁くように報告する。
「……そうか、わかった」
「どうするの、バレるのは時間の問題よ……?」
「だが、まだ騒ぎを起こすわけにはいかない。お前は、このままここで仕事をしていてくれ」
 わかったわ、と声を震わせながら答え、不安げな表情で教室に戻る昌子。良介は、隼人を連れて誰もいない屋上へ向かった。
「……手遅れ、だったのか?」
 隼人が問うと、良介は渋い表情で黙って頷いた。
「お化け役をしていたカップルが、通路の仕切りの内側で殺されていたらしい。死体はゾンビの棺桶の中に詰め込まれていたそうだ」
「ゾンビ……」
「剣持先輩は、それに扮していた。ゾンビのマスクと血痕付きの脱ぎ捨てられていた衣装がその証拠だ……」
 屋上から校庭の様子を見つめつつ、歯を食いしばる良介。
「なぁ。剣持先輩って、三年B組の奴と結託してんじゃねぇか?」
「何故そう思う?」
「だって、そうじゃなきゃ仕切りの内側の入り口がどこにあるとか、棺桶があるからそこに死体を隠せとか、ターゲットが何に仮装してるかとか、そういう指示が出せねぇじゃねぇか! それに、本来ゾンビとして脅かすはずだったB組の誰かのフリをしなきゃ、教室の中には入れねぇだろ!?」
「確かに、お前の言う通りだな……」
「つまり、本当のゾンビ役は剣持先輩の共犯者ってことじゃねぇのか!?」
「……隼人、それをすぐに梅宮から聞いて確認してくれ。俺は、次の犯行を食い止める」
 わかった、と言ってお化け屋敷へ戻る隼人。良介は、再びSNSを開いた。そこには、新たな投稿があった。
「豊穣の神への感謝を忘れた者へ、貪食の罪の裁きを下す……?」
 呟いた直後、校庭の野外ステージから、イベントのアナウンスが鳴り響いた。
「十二時より、焼きそば大食い大会を開催いたします! 参加者の方は、野外ステージへお集りください!!」
 直感で、それだ、と良介は思った。しかし、参加者の中には仮装をした者も多くいる。そこから剣持学らしき人物を見つけるのは至難の業だ――焦り始めたその時、スマートフォンが着信を知らせた。達也からだった。
『会長はん!! 今更やけど、わい、よう鼻が利きますねん! 返り血の付いた服をいちいち脱いどったとしても、犯人の体はもう十分血生臭くなっとるはずや! せやから、その臭いで見つけられるんちゃうかなって……』
「わかった、今すぐ野外ステージへ向かってくれ! 犯人は焼きそば大食い大会の参加者の中にいる筈だ、頼んだぞ!!」
 返事を聞く前にスマートフォンをしまい、階段を駆け下りる。会場に着くと、ステージの前には既に達也の姿があった。
「会長はん、こっちこっち!」
「……渡邊、吉川はどうした?」
 肩で息をしながら尋ねると、保健室で休ませていると達也は答えた。
「どうだ、わかるか?」
「あれですわ。あのヴァンパイアから、血の臭いがするさかい」
 小声で話しながら、目配せをする。黒いマントを纏ったヴァンパイアが、ステージの上で静かにスタンバイしていた。
「かなり濃いメイクしとるけど、剣持先輩っぽい顔ですよね?」
「ああ……」
 彼は、まだ左目を眼帯で覆っていた。やはり、半年前に父親に殴られた後、完治することはなかったようだ。
「ところで、誰を狙っとると思いはります?」
「根拠はないが、優勝者じゃないかと俺は思う」
 やがて、賑やかな雰囲気の中、焼きそば大食い大会は幕を開けた。十数人の参加者が一斉にパック焼きそばを食べ始めたが、フードファイター揃いなのか、驚異的なスピードで食べ進む者が多く、会場は大いに盛り上がった。
 しかし、徐々にギブアップする者が増え、三十分経った頃には決着が着いた。最後に残ったのは、相撲取りのような巨漢だった。
「優勝おめでとうございます!! 賞品のトロフィーと、屋台の食べ物全種類無料券を差し上げます!」
 司会者が言うと、会場からは大きな拍手が送られた。優勝者は照れ臭そうな顔で賞品を受け取ろうとしたが、その時、早々に退場したヴァンパイアが不意にステージに上がろうとしたのを、達也は見逃さなかった。
「アカン!!」
 走り出し、ステージに上がって取り押さえようとする達也。ヴァンパイアは懐からナイフを取り出し、彼の右腕を切り裂いた。
「渡邊ッ!!」
 良介が叫ぶと、異常事態に気づいた観客たちは次々に悲鳴を上げ、会場から逃げ出した。その混乱に乗じ、ナイフを振り回しながら人混みに紛れ姿を晦ませる。興奮しているのか、ヴァンパイアは手当たり次第に人々を斬りつけ、惨劇を繰り広げていた。
「渡邊、大丈夫か!?」
「こ、こんなんただの切り傷や、会長はんは早うあいつを追いかけたってください!!」
 傷を押さえ、苦痛に顔を歪ませながらも声を張り上げる達也。良介は素早く彼のネクタイを腕に巻いて止血をし、次の予告を確認する。
「己の才を過信した者へ、大衆の見守る処刑台にて、その傲慢を悔いよ……」
 投稿を読み上げた時、隼人と昌子が息を荒げて駆け寄って来た。
「良介! わかったぞ、剣持先輩の共犯者が!!」
「高遠譲治よ、演劇部の!!」
「演劇部……!?」
 それを聞いた良介の体は、考えるより先に動き出していた。行き先は、ミュージカル上演中のホール。
「梅宮、渡邊を保健室へ! それと、救急車も呼んでくれ!! 隼人、お前は俺と一緒に来い!!」
「ああ!!」
 ミュージカルには、確か主人公が刺し殺されるシーンがあった。頼む、間に合ってくれ――胸中で祈りながら、良介は瞬きも忘れて走った。
 十二時から始まったミュージカル『魔女の娘カトルーシャ』の上演は順調だった。物語は、ヒョードルを殺そうと魔女や怪物たちが騒ぐシーンまで進んでいた。
「なぜだ、なぜ人間がここにいる!?」
「この秘密を他の者に知られてはならない! 殺せ、この男を殺すんだ!!」
 ミイラ男にフランケンシュタイン、狼男たちが次々に叫ぶ。ナイフを手にするヴァンパイア、その前に立ち塞がるカトルーシャ。
「百合川ッ!!」
 それが振り下ろされる直前、彼女の手を引いて間に入る良介。刃は、彼の背を切り裂いた。
「良介くんッ!!」
 叫ぶように彼の名を呼ぶ薫。隙を逃さず、ヴァンパイアを羽交い締めにして床に叩きつけ、圧し掛かる隼人。良介の白いシャツは瞬く間に赤く染まり、ホールの観客たちもパニックに陥った。
「隼人、どうしよう、良介くんが、良介くんがっ……!!」
「落ち着け、薫! もう救急車が来てるはずだ!!」
 その瞬間、力が緩んでしまったのか、ヴァンパイアは隼人を押しのけた。ナイフを取ったヴァンパイアに思わず身構えた隼人だったが、その刃を向けた先は自身の頸動脈だった。大量の血を噴射させ、その場で倒れたヴァンパイア。薫は、悲鳴を上げた。剣持に構わず、薫の肩を揺さぶる隼人。
「薫、大丈夫だ、すぐに輸血すればきっと……!!」
「……糠喜びさせるな、隼人。俺は、もう……助から、ない」
「は!? 何言ってんだよ、弱気になってんじゃねぇよ!!」
 良介の傷口を押さえながら、涙目になって叫ぶ隼人。しかし、良介は朦朧とし始めた意識の中で、自ら絶望的な事実を告げた。
「俺の血液型は、RHマイナスのAB型だ……日本には、二千人に一人しかいない。同じ血液型の、母さんがこの場にいない限り……すぐに用意できる可能性は、ゼロに等しいだろうな……」
「何バカなこと言ってんだ!! 諦めんじゃねぇよ、良介ッ!!」
「いやっ、死なないで! 良介くん、良介くん!!」
 やがて意識を失い、彼は瞼を閉ざした。泣き叫ぶ薫、震え出す隼人。
「クソッ……せめて、ここに美緒さんがいれば……!!」
「いるわよ、隼人くん!!」
 突如現れた何者かに肩を叩かれ、振り向く。幻覚かと思ったが、そこには確かに、彼の母・光(こう)元(げん)寺(じ)美(み)緒(お)の姿があった。赤で統一されたドレスにメイク、ジュエリー、そして艶やかな黒いロングアップヘアが、相変わらずよく似合っている。
「美緒さん……どうしてここに!?」
「招待して頂いたのよ、そこの可愛いカトルーシャにね!」
 得意気に言って、薫にウインクをする。
「招待した? 薫が!?」
「話は後よ、今はとにかくこの子を救急車へ!!」
 その時、救急隊員が担架を持ってホールの中へやって来た。それを率いていたのは、昌子だった。
「梅宮、こっちだ!!」
 大声を出し、手を振る隼人。良介が担架に乗せられ、美緒が同伴して去っていくと、緊張の糸が切れたのか、その場で卒倒した薫。
「これが、剣持先輩なの……?」
 薫の呼吸と脈を確認してから、血の池の上で倒れている遺体を見つめ、尋ねる昌子。誰もいなくなったホールに、彼らの言葉が木霊する。
「ああ。最初から、自殺するつもりだったんだな……」
 選ばれし賢者に焦がれた惨めな愚者へ。己の浅はかさを知り、嫉妬の罪の裁きを受けよ――それが、学園ジャック・ザ・リッパーの最期の投稿だった。

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