青の教室/陽子  第2話(3月11日) ――ひろがる道、ひらける空――

青の教室/陽子  第2話(3月11日) ――ひろがる道、ひらける空――

記事
学び
第2話(3月11日)
――ひろがる道、ひらける空――

朝の空気は、まだ冬の名残を少しだけ含んでいた。
 けれど陽子の胸の中には、昨日とは違う、
 ほんのりとしたあたたかさがあった。

青の教室に向かう足取りが、今日は軽い。
 影は、まだ完全に消えたわけではない。
 けれど、うずかない。
 痛まない。
 ただ、そこにあるだけ。

――友彦先生の小説、すごかったな。

昨夜、布団の中で読みふけった「青の教室」の物語。
 そこに描かれていたのは、
 陽子がいつも感じている“あの空気”だった。
 自分が大切にされていること、
 自分の色を持っていていいこと、
 影があっても歩いていいこと。

読み終えたとき、
 胸の奥に、すっと風が通ったような気がした。

「今日は、行ける」

陽子は、そう思った。


***

青の教室のドアを開けると、
 すでに小さな二つの影が、机の前でそわそわしていた。

弟の陽斗(はると)と、
 その友だちの水野ひかりだ。

「おねえちゃん!」

 陽斗がぱっと顔を上げた。

 その笑顔は、陽子の胸を一瞬でゆるませる。

「陽子、来られたんだね」

 友彦が、いつもの落ち着いた声で言った。

「はい。今日は……大丈夫です」

陽子は、少し照れながら答えた。
 友彦は、それ以上何も聞かない。
 ただ、うなずくだけ。

その“うなずき”が、陽子には十分だった。


***

陽斗とひかりの体験学習は、
 まず友彦が一枚の紙を渡すところから始まった。

「今日はね、二人に“お話くんの詩”をプレゼントします」

紙には、やさしい字でこう書かれていた。


友だちとのひととき

 いっしょに あるくと
 みちが ひろくなる

 いっしょに わらうと
 そらが あかるくなる

 なにも しなくても
 となりに いるだけで
 こころが ぽかぽか
 ひだまりみたい


ひかりは、読み終えるとすぐに顔を輝かせた。

「かわいい……! これ、すごく好き!」

陽斗は、詩をじっと見つめている。
 言葉を味わっているようだった。

友彦は、二人の様子を見てから、
 ゆっくりと問いかけた。

「ねえ、“みちがひろくなる”って感じたとき、どんなとき?」

ひかりが、真っ先に手を挙げた。

「わたしね、ひとりで帰るときは、道がせまいの。
  でも、陽斗と帰ると、なんかね、
  道が“わーっ”て広くなるの。
  なんでか分かんないけど、楽しいからかな」

ひかりの言葉は、
 そのまま光の粒になって空に飛んでいきそうだった。

陽斗は、少し考えてから言った。

「ぼくはね……
  ひかりちゃんといっしょに歩くと、
  知らない道でもこわくない。
  だから、広くなるんだと思う」

その言葉に、ひかりが「えへへ」と笑った。

陽子は、二人のやりとりを見ながら、
 胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

――ああ、こういうの、いいな。

陽斗は、まだ“影”を知らない。
 ひかりは、光そのものみたいな子だ。
 二人の世界は、まっすぐで、澄んでいて、
 見ているだけで心が洗われる。

友彦は、二人の答えを聞いて、
 やわらかく微笑んだ。

「そうだね。
  誰かといっしょにいると、
  自分の世界が広がることがあるんだよ」

その声は、陽子にも届いていた。

――わたしも、そうだった。

青の教室に来るようになって、
 あおいとりょうと出会って、
 友彦と話して、
 自分の“道”が少しずつ広がっていった。

影があっても、
 道は広がるんだ。


***

午後。
 陽斗とひかりは、プリントをしたり、
 絵を描いたり、
 ときどき散歩に出たりして、
 すっかり青の教室の空気になじんでいた。

陽子は、久しぶりに深く集中できた。
 ノートに向かう手が止まらない。
 頭の中が澄んでいる。

――こんなに集中できるの、いつぶりだろう。

気づけば、外はすっかり暗くなっていた。

友彦が、そっと声をかけた。

「陽子、今日はすごく集中してたね」

「はい……なんか、すごく、楽しかったです」

「うん。
  影がうずまない日って、
  ちゃんとあるんだよ」

陽子は、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。

影は、消えたわけじゃない。
 でも今日は、ただそこにあるだけだった。

それで十分だった。


***

帰り道。
 陽斗とひかりは、並んで歩きながら、
 今日のことを楽しそうに話していた。

「ねえ陽斗、また行きたいね」
 「うん、行きたい!」

その声を聞きながら、
 陽子はふと、詩の一節を思い出した。

――いっしょに あるくと
  みちが ひろくなる

今日、陽子の道も、
 ほんの少し広くなった気がした。

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