こんにちは!雪星【占い・数秘術】です。
今回は、青森県十和田市にある太素塚に行ってきました。さて皆さん、十和田市というと何を思いつきますか?多くの方は十和田湖が頭に浮かぶのではないでしょうか。私もそうでした。しかし、この十和田湖は市の中心部から直線距離で約30kmも離れており、車で1時間以上かかります。Wikipediaによれば、1956年に十和田湖にちなんで三本木市が十和田市に改称し、さらに、2005年に十和田湖がある十和田町と合併して、現在の十和田市になったそうです。もともと別の自治体だったと思えば、この遠さは納得です。というわけで、この日は十和田湖にはいかず、市街地の観光をすることにしました。
最近、神社でおみくじを引き、運勢を占うのを楽しみにしているため、今回も神社を探します。鳥居を探して市内をさまようと、不思議な場所にたどり着きました。それがこの「太素塚」です。入り口に大きな鳥居があり、狛犬もいます。しかし、神社ではありません。お墓なのです。ここには、十和田市の基盤を造った新渡戸傳と息子の十次郎、孫の七郎が眠っています。新渡戸傳は旧五千円札の肖像画の新渡戸稲造の祖父にあたります。なぜ、鳥居があるかというと、明治に入り神社にする運動があったからのようですね。敷地内には新渡戸記念館が併設されており、十和田市開拓の歴史を学ぶことができますが、訪問した時には残念ながら閉まっていました。
本当に神社になっていたらお墓はどうなっていたのでしょう?調べてみると徳川家康が埋葬された久能山東照宮が神社でした。そうだとすれば、お墓が神社の中にあるというのも先例があり可能なような気がします。しかし、お墓きわめびとの会のサイトによると、「神道にも、もちろん墓がありますが、仏教と決定的に違う点があります。それは、仏教が各宗派の寺の敷地内や隣接する場所に墓を建てるのに対し、神道の場合は、神社の中に墓を建てることはない、という点です。神道において、神社とはあくまでも祭祀を行う場所としています。」という記述があり、混乱してきました。ひょっとして、これが理由で太素塚を神社にできなかったのでしょうか?では、久野山東照宮は???今の私の知識では理解が追いつきませんでした。もう少し勉強が必要なようです。
なお、神社ではないので、お社、社務所もなくおみくじを引いて運勢を占うことはできませんでしたが、大変珍しい場所に来たという思いを抱き、満足しています。
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
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参考資料
―「幕末からの超貴重な資料!青森県十和田の太素塚「新渡戸記念館」」(トラベルjp)
―「神道だとお墓はどうするのが普通?仏教との違いとは」(お墓きわめびとの会)