神を裏切ってでも快楽が欲しいですか?

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悪魔のオファーは、ものすごく魅力的で、地獄へ至る道は、ものすごく楽しそうで、地獄の門からは楽しそうな音楽が聞こえてくるし、隙間からは、かぐわしい香りが漂ってきます。天使が、さあおいで、ここは楽しい所だよと満面の笑みであなたを誘います。
あからさまに罠なんですが、人間は基本バカなので、この罠にまんまとハマってしまいます。地獄の門は、まるで天国の門のようにきらびやかに演出されているのです。ほとんどの人は、この門から入っていきます。
悪魔に屠られるために、自分の欲望を肥え太らせ続けてきたのだ、愚か者よ!
いっぽうで天国へ至る門は、ものすごく地味です。装飾もされておらず、門からは隙間風が吹いてくるし、狭いし、音楽もなってないし、出迎えてくれる天使もいない、そんな寂しい感じの、入り口になっています。
まあ、これはイメージの話です、聖書にそう書いてあるわけではありません。
とにかく、この世では、地味に清貧に謙虚に誠実に生きること、それだけ考えて生きることです。全く楽しむなとは言ってません、ただ聖書にはこのように書いてます、「世の何も愛してはなりません、世を愛する者の中に、神の愛はありません」つまり、この世の何にも、ハマってはいけないということです。
神の嫌がることで快楽を得た場合、それは悪魔の欲望を満たしていることになります、悪魔にエネルギーを与えてしまっているのです。無自覚であろうとも、それは神に対する裏切りとなります。それでも神は忍耐強く、最終的に神の側についてくれることを期待しているので、多少の罪は許してくれるわけです、それでも、越えてはならない一線というのはあります。え?神は何でも許してくれるんだから、越えてはならない一線なんてないんじゃないの?と思う人もいるかもしれませんが、確かに、神は最終的には許すんですが、それがこの世で生きている間とは限りません、死んで地獄で焼かれて反省してから許される、というパターンもあります。つまり、これはこの世では許されない一線を越えてしまったパターンですね。聖書に書いてあるんですが、イエスの直弟子の1人が、踊り子の前で、踊り子が一生懸命に踊って見せているのに、無反応だったんですね、それでそれを見ていたひとりの男が、「おい、お前、何をぼーっとしてんだ、この子が踊って見せてるんだ、なんとか言ったらどうなんだ?」と言っても、無反応だったので、いきなりビンタを食らわしたんですね、それで直弟子がこう言いました「あなたのした罪は、いずれ許されるでしょう、しかし私は、あなたの右腕が犬に引きずられているのを見た」と男に告げます。男は、なんだこいつは・・と去っていきます。犬に引きずられるほど俺は軽くないっつーのと思いながら、歩いていたら、突如現れたライオンに襲い掛かられ、全身をバラバラに引き裂かれて死にました。その後、ちぎれた右腕を野良犬が引きずっていきました。彼は、越えてはいけない一線を越えてしまったんですね。
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