日光東照宮にある、見ざる聞かざる言わざる、「三猿」というやつですが、これもどうも、間違った格言のように使われている気がします。
過去記事でも書きましたが、古くから言い伝えられているからという理由だけで、なんだか良いことを言っているような気がする、格言に聞こえる、そういう思考停止してる人たちが多いですが、これも悪魔の罠です。
スピ系によくある、ワクワクするものにだけ焦点を当てなさい、ネガティブなことは考えない、楽しいことだけ考えましょう!みたいな、臭いものにはふたをする的な思考とよく似ています。そりゃあ悪魔側からしたら、自分らの悪事に意識を向けてほしくはないでしょうし、調べてほしくもないでしょうから、そういうふうに誘導したいですよね。なので、この「三猿」も、孔子の格言が起源だの古代エジプトの賢人の格言が由来だのなんだの勝手なこと言ってますが、別に格言でもなんでもなくて、悪魔側の仕掛けた罠に過ぎないってことですよ。そもそも、見ないことも、聞かないことも、言わないことも、死人の行動ですよ。だって、見ないことも、聞かないことも、言わないことも、死人にもできることですよ、死人にもできる行動が格言ですか?そもそも、それは行動なのか?行動じゃないですよね。
昔よく本屋の、怪しいスピ系本コーナーに置いてあった、宇宙人バシャールがどうのこうのと書いてある本を、まだ宇宙というものが無いことが分かっていなかったころ、ぱらぱら立ち読みしていたことがありました。このバシャールもイルミナティが仕掛けた罠にすぎなくて、いろんなタイプの属性の人たちをもれなく罠に絡めとる、そういうネットワークが張り巡らされているんですね、無神論者にはそれ用の罠が、科学万能主義者にはそれ用の罠が、スピ系にはそれ用の罠が、仏教徒にはそれ用の罠が、キリスト教徒にはそれ用の罠が、悪魔は余すことなく漏れなくすべての魂を地獄に招き入れたいから、こうやって罠を張り巡らせる。悪魔は神の次に賢い存在ですから、普通の人間は、彼の罠から逃れられないんです!私だって、まだ地獄へ行く可能性は充分にあるんです、悪魔は「できれば選ばれた人ですら地獄へ引き込もうとする」のです。