大地震の記憶/誰かが覚えている、見ている

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「怖い」が頭を占領する日に、思い出す感情

大きな地震のニュースを見ると、
理屈より先に、胸の奥がざわつく。
また揺れるかもしれない。
誰かが困っているかもしれない。
何もできない自分でいたくない――。
今日、1月6日。
島根県で大きな地震が起きました。
このまま収まってほしいと、心から思います。
午後のワイドショーでは、
列車の遅延で、コメンテーターがやむなく遅れてスタジオ入りする様子が映っていました。
その姿を見て、私はふと、ある光景を思い出しました。

本棚が崩れ、誰かが泣いた日

東日本大震災。
あれから、まもなく15年が経とうとしています。
あの日の私は、会社にいました。出版社です。
編集部に並んでいた大量の本棚から、本が一斉に崩れ落ち、
パソコンのモニターが吹き飛ぶほどの揺れ。
若い社員の中には、思わず座り込んで泣いてしまう人もいました。
全従業員が社屋の前の駐車場に避難し、
余震が来ないか、建物が崩れないか、
皆がビクビクしながら空を見上げていたのを、昨日のことのように覚えています。
会社からは
「今日は、できるだけ早く自宅に帰るように」
という指示が出ました。
けれど、そこで問題が起きました。

コートもバッグも、社屋の中だった

全員が慌てて外に出たため、
コートもバッグも、社屋の中に置きっぱなしだったのです。
寒さ。
連絡手段。
財布。
もし余震が来て、ビルが崩れたら――。
真剣な表情で、誰もが黙り込んでいました。
そのときです。
私を含め、数名の男性社員が、ほぼ反射的に動きました。
「行こう」
誰が言い出したかは、正直覚えていません。

反射的にやった、ただそれだけのこと

同じ部署の25人分ほどのコートとバッグを取りに、
再び社屋の中へ入りました。
怖くなかったわけではありません。
でも、考えるより先に体が動いていました。
なんとか無事に社外へ持ち出し、
一人ひとりに手渡していく。
それで終わりです。
感謝された記憶も、正直ほとんどありません。
「まあ、当たり前だよな」
その程度の感覚でした。

十年以上経って、返ってきた言葉

それから十年以上が経ち、
私が主婦の友社を去るときのことです。
何人もの人が、こう言ってくれました。
「あの時、コートと荷物を持ってきてくれたこと、
今でも本当に恩義に感じています」
正直、驚きました。
そして、嬉しかった。
自分では“一瞬の反射”でしかなかった行動を、
誰かは、ずっと覚えてくれていたのです。
人は、思いもよらないところを覚えている
人は、自分が「評価されたい」と思ってやったことより、
何気なく、見返りも考えずにやったことを、
ずっと覚えていたりします。
日頃の何気ない行動。
小さな気遣い。
一瞬の選択。
それらが、
気づかないうちに「信用」というクレジットを
静かに、確実に積み上げているのだと、
今なら分かります。

誰かは、必ず見ている

今年、私が常に心がけたいことの一つがあります。
それは、すべてのことに感謝すること。
誰かが私を見ている。
誰かが、あなたを見ている。
それは、決して大げさな話ではない。
地震のニュースを見るたび、
私はあの日のことを思い出し、そう確信するのです。
あなたが最近、
「これは誰のためにもならないかもしれない」と思いながら、
それでもやったことは、何ですか?
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