(2)「高等教育」の伝統と「大衆教育」の伝統の違い
②「公教育」の根幹は「初等教育」にある
ルソーの『エミール』~近代教育思想の主要原理が打ち出されていて、その影響は大きく、カントは『エミール』を読みふけって散歩の時間を狂わせたと言います。例えば、「子どもの発見」「発達段階論」からは「児童中心主義」「漸進主義」が生まれ、「性善説」「主観的自然主義」「自然に返れ」からは「消極教育」が生まれています。
児童中心主義~デューイによれば、教師・教材中心→児童中心への転換は、教育における「コペルニクス的転回」だと言います。
「人間は自由なものとして生まれた。しかも至る所で鎖につながれている。」
(ルソー『社会契約論』)
「創造主の手を離れる時、全ては良いものであるが、人間の手に移ると全てが悪くなる。」
(ルソー『エミール』)
「教育の最大の秘訣は教育しないことである。」
(エレン・ケイ『児童の世紀』)
「近代教育の父」ペスタロッチ~「3H’sの思想」(head, heart, hand)、「直観のABC(数・形・語)」から直観教授、開発的教授が生まれています。ここからリーツの「田園教育舎」、ニイルの「サマーヒル・スクール」、ドクロリーの「生活による、生活のための学校」などが誕生しました。
「玉座の上にあっても、木の葉の屋根の蔭に住まっていても同じ人間、その本質から見た人間、そも彼は何であるか。」
(ペスタロッチ『隠者の夕暮れ』)
「生活が陶冶する。」
(ペスタロッチ『白鳥の歌』)
フレーベル~教育史上最初の幼稚園「一般ドイツ幼稚園」を作りました。「恩物」思想、『人間の教育』。こうした幼児教育の流れから、「児童の家」を作り、「モンテッソーリ法」を実践したモンテッソーリが出て来ます。
ベル・ランカスター・システム(モニトリアル・システム)~生徒10~20人に1人の割合で助教を付ける「一斉教授法」です。
「とうとう1人の人物が現われた。彼は彼自身の経験によって、教育の最も有効な部門が貧民に驚くほど安上がりに、・・・達成されることを証明し、社会のどの人々にも教育の恵みを拡大するという輝かしい計画を構想していた。・・・このようなことはすでに誰にも分かっているように、ジョゼフ・ランカスターがもっぱらやってくれたことである。」
(ジェームズ・ミル)
「近代公教育制度」の確立は初等教育から~イギリスの「フォスター法」(初等学校法)、フランスの「ギゾー法」(初等教育法)などにより、近代公教育制度が確立していきます。。
「義務教育制度」の成立要件~「就学義務規定」「学校設置義務規定」「無償性の原則(授業料の不徴収)」
→日本の場合:
第1次小学校令~1886年、就学義務規定。
第2次小学校令~1890年、学校設置義務規定。
第3次小学校令~1900年、無償性の原則、義務就学期間4年。
改正小学校令~1907年、6年制義務教育制度成立。
ドイツにおける2段階の義務教育制度~「完全就学義務」(15歳まで)+「職業教育義務」(18歳まで)。中学を卒業して就職した者も定時制高校で教育を受ける義務があり、フランスもドイツにならって、仕事のかたわら通学させる制度を取り入れています。
【参考文献】
『大学史(上)(下)』(ステファン・ディルセー、東洋館出版社)
『ヨーロッパの大学』(島田雄次郎、玉川大学出版部)
『日本の教育 ドイツの教育』(西尾幹二、新潮選書)
『日本人とフランス人 「心は左、財布は右」の論理』(舛添要一、光文社)
『大学とアメリカ社会 日本人の視点から』(中山茂、朝日選書)
『世界の大学危機 新しい大学像を求めて』(潮木守一、中公新書)
『教育思想史』(中野光・志村鏡一郎編、有斐閣新書)
『教職のための教育史 西洋編』(溝口貞彦、東研出版)
『西洋教育通史』(皇至道、玉川大学出版部)