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偉人たちの裏の顔-ルソーと啄木

ちょっと前に「奇麗事について-暴力を振るう人間が唱える愛と平和」とのタイトルの記事で、愛と平和を訴えていたジョン・レノンが性格に問題があったという話を書きましたが、それで思い出したことがありますので、こうしたいわば言行不一致の例をもう少し紹介しましょう。 まず、ジャン=ジャック・ルソーです。 ルソーは18世紀に活躍したフランスの哲学者、政治哲学者、作曲家で、教育論が有名です。 そして、このルソーは教育について高邁な思想を説きながら、なんと妻  テレーズとの間に生まれた5人の子供をすべて捨てているんですね。 しかも、彼は、「はじめはほんのなぐさみにするつもりでテレーズに接近した。けっして彼女をすてないが、結婚する気もないことを前もってはっきり知らせたうえで関係をもったといい、またテレーズは『ママンのかわり』だったと」白状しています。 本当に最低の人間でしょう。 ルソーの言い訳を書いておくと、「自分は親にはなれないと思った。自分には子どもを育てるなどということはできない。少なくともその用意はできていない。仮に自分のようなものに育てられたとしたら、子どもは決して幸せに育つことはないだろう。子どもはいずれは必ず自分を憎むことになる。自分のような親に育てられるくらいなら、その子は施設で育った方がよほど不幸は少ないに違いない。自分のとった行動はそういう意味で最善だった」といっています。 ただ、当時のパリでは捨て子が普通だったそうです。 また、捨て子といっても、路地裏やゴミ箱に捨てるわけではなく、教会や養育院の前に置き去りにしていたとのことです。 ついでに、ルソーの最後の言葉を引用しましょう
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おすすめです!

今日は、おすすめの本を紹介します。昨日の夜、読み終えた、原田マハさんの「楽園のカンヴァス」です。ルソーの物語を、フィクションとノンフィクションを上手くミックスして、謎解きをしたり、ちょっとしたロマンスがあったり、ワクワクさせてくれます。ルソーのことが大好きになると思います。
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「教育史点描~最後に残るのは「教育」である~④」

(2)「高等教育」の伝統と「大衆教育」の伝統の違い②「公教育」の根幹は「初等教育」にある ルソーの『エミール』~近代教育思想の主要原理が打ち出されていて、その影響は大きく、カントは『エミール』を読みふけって散歩の時間を狂わせたと言います。例えば、「子どもの発見」「発達段階論」からは「児童中心主義」「漸進主義」が生まれ、「性善説」「主観的自然主義」「自然に返れ」からは「消極教育」が生まれています。 児童中心主義~デューイによれば、教師・教材中心→児童中心への転換は、教育における「コペルニクス的転回」だと言います。 「人間は自由なものとして生まれた。しかも至る所で鎖につながれている。」 (ルソー『社会契約論』) 「創造主の手を離れる時、全ては良いものであるが、人間の手に移ると全てが悪くなる。」 (ルソー『エミール』) 「教育の最大の秘訣は教育しないことである。」 (エレン・ケイ『児童の世紀』) 「近代教育の父」ペスタロッチ~「3H’sの思想」(head, heart, hand)、「直観のABC(数・形・語)」から直観教授、開発的教授が生まれています。ここからリーツの「田園教育舎」、ニイルの「サマーヒル・スクール」、ドクロリーの「生活による、生活のための学校」などが誕生しました。 「玉座の上にあっても、木の葉の屋根の蔭に住まっていても同じ人間、その本質から見た人間、そも彼は何であるか。」 (ペスタロッチ『隠者の夕暮れ』) 「生活が陶冶する。」 (ペスタロッチ『白鳥の歌』) フレーベル~教育史上最初の幼稚園「一般ドイツ幼稚園」を作りました。「恩物」思想、『人間の教育』。こうした幼児教
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日々の叡智(2020/06/12)

新型コロナウイルス感染症による社会的混乱・不安が収束するまでを目途に、原則的に毎平日、偉大な人物たちのことばをアップします。 このような時代(とき)だからこそ、皆さんが、毎日わずかな時間でも心を落ち着かせることができ、また、皆さんの心に響くことばと出会っていただくことができれば、幸いです。 「哲学ダイアグノーシス Philosophical Diagnosis」 チャンネル登録をお願いいたします。
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