キャンパスライフ充実編⑧:英語+αの外国語習得

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Rome was not built in a day.(ローマは1日にしてならず。)
「言語は雄弁の才能と同様に、神からのじかの贈り物である。」(ノーア=ウェブスター『アメリカ語辞典』序文)
「始めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。」(『新約聖書』ヨハネによる福音書第1章第1節)
「外国語の学びたい者は、順番に段階だてて学ばねばならない。まず理解するようにし、次いで書けるようにして、それからやっと話すことを学ぶ方がいい。」(コメンスキー)
「いくつもの言語を知れば知るだけ、その分だけ人間は大きくなる。」(チェコのことわざ)

 英語は国際語としての位置を完全に確立したと言っても過言ではありません。そのレベルは、かつて漢文が東アジア世界に占めていた位置よりも、ラテン語がヨーロッパ世界において占めていた位置よりも、はるかに広範かつ甚大であると言えそうです。かつてアメリカはヨーロッパに対して文化的コンプレックスを抱いていたものですが、今では優越感すら持っており(洗練された文化、伝統、貴族の存在に関しては今なお憧れがあります)、特に大学院レベルの学術では世界最強と言えます。したがって、これからますます英語が不要な社会になっていくという可能性は極めて低く、誰もが英語を理解し、使用し、利用する社会に向かっていることは否めないでしょう。英語に真剣に取り組むことは、避けて通ることのできないテーマだと言えそうです。
 東京外国語大学で「語学の神様」と称された教授によれば、外国語学習のポイントは「時間とお金をかけること」、覚えることはただ2つ、「語彙と文法」と断言されています。つまり、即効性の結果を求めず(「1カ月でできる!」「わずか3日で分かる!」といった文言に惑わされないということでもあります)、とにかく時間をかけ、反復を繰り返し、あせらないことが重要となります。そして、如何に毎日、英語に触れる時間を確保するかがカギですが、これは英字新聞から入るのがよいでしょう。タイムやニューズウィークといった週刊誌に比べて新聞は5W1Hがハッキリしており、毎日「読み捨て」ることから「英字情報の取捨選択」を余儀なくされます。タイムやニューズウィークから入って挫折することが多いのは、全部をしっかり読もうとするからです。惜しくて捨てる事もできず、「全部きちんと読まなきゃ」という強迫観念に追われ、あっという間に続けられなくなってしまいます。これに対して新聞の場合、日本の新聞を読む習慣が無い場合は論外(話になりません)ですが、読売新聞を取っている場合にはジャパン・ニューズを取って、日本の新聞をまず読んで現状を把握した上で、英字新聞のヘッドライン(見出し)・リーディングに入るのです。ここで重要なのは新聞は公正でも中立でもなく、必ず独自の思想的立場に立ち、その観点から事件や現象を料理するということです。したがって、新聞によって同一事件に対する見解が正反対のこともあれば、そもそもどの事件をどの比重で取り上げるかも様々です。ですから、同系列の英字新聞を読む要にすれば、そうした記事のズレが無いため、便利なわけです。
 最初の数カ月は見出しだけ読んで、あとは捨ててもいいぐらいでしょう。そのうち関心のある記事が出てきたり、スペルミスを発見したり、見出しのうまさに手を叩いたりすることも出てくるでしょう。勢い込んで始めてすぐに挫折するよりは、「適当に」「いい加減に」読んで、長く続ける方がよっぽど良いのです。やがて、慣れてくればニュヨークタイムズ・ウィークリー・レヴューのような週刊紙、タイム、ニューズウィーク、USニューズ・アンド・ワールドリポート、エコノミストといった週刊誌に少しずつ手を広げていけばよいでしょう。
 さらにコツを得ている人は、如何に人に教えるかということを考えます。実は人に教えることほど勉強になるものはありません。「完全を期してから教える」のではなく、「完全を期すために教える」のです。自分も「学ぶ目線」ですから、教えられる側を見下ろすこともありません。むしろ、分かりにくい所、覚えにくい所も共有しやすいでしょう。共に1つ1つ苦手を克服して、得意になっていけばよいのです。
 そして余裕があれば、英語以外の外国語にも手を出すべきです。「何年もかけながら英語をモノに出来ないのに、どうして他の外国語まで手が回るの?」という質問が出てきますが、英語を見上げている限りは英語コンプレックス・英語アレルギーは解決できません。英語も含めたもっと大きな枠組みに立って英語を見下ろす時、初めて英語に対する苦手意識が緩和されるのです(英語をまだ極めたとは言えない段階であっても)。ドイツ語もフランス語も英語を媒介とすると格段に理解がしやすく、また、「外国語は3つ目あたりから習得のコツが身についてくる」とされ、さらに突っ込んで言えば、比較言語学・文法学の知識と英語学史の知識を持つと、英語に対する見方が格段に変わってくるのです。これはだまされたと思って試してみるべきです。
「著者は、語学の勉強は、やがてはその歴史的研究に進まねば本格ではないとも信じている。」(神田盾夫『新約聖書ギリシア語入門』)

【ポイント】
①英語は必須・不可欠。
 外国語をたった1つ選ぶなら、どう見ても英語です。英語の必要性に関しては、もう「諦め」ましょう。「諦め」という言葉は仏教の原義では「明らめ」ることであり、真実をつかむことに他なりません。要はいつから手をつけるかの問題であり、どうせ手をつけなければならないとしたら、社会に出る前がいいに決まっています。逆に英語が使え、経済力が身につけば、どこでも生きていけます。根本的に選択肢が変わってくるのです。最初から敢えて自分の人生を制限付きのものにすべき理由はありません。

②第2外国語は取った方がいいでしょう。
 第2外国語は取らなくても大学が増えてきましたが、せっかく学べる場があるわけですから、これを効果的に利用しない手はありません。代表的なものとしてフランス語・ドイツ語・スペイン語か中国語・韓国語か、といった選択が考えられます。
 国際機関で働くことを考えるなら、英語・フランス語がペラペラでスペイン語もできることが望ましいとされます。また、ドイツ語は英語の母語であるゲルマン祖語の直系であり、フランス語も「ノルマンの征服」以来、英語に多大な影響を与えました。さらにラテン語に至っては現代英単語の大部分の淵源となっており、それを背景に持たない英単語の方がむしろ少数です。また、文法規則のガッチリしたドイツ語は最初が難しいが、それを超えるとラクになり、逆にフランス語は入りやすいものの、発音などどこまで行っても難しい言語と評価されることもあります。
さらに、世界中の諸言語で唯一と言ってもいいほど日本語文法とそっくりな韓国語(おそらく日本人が最も早く習得できる外国語は韓国語でしょう)、近年、目覚しい発展を遂げ、その国際的重要性が高まりつつある中国語も大人気です。英語と日本語との関連で、東洋の諸言語について大雑把な位置づけをすれば、ギリシア語に相当するサンスクリット語、ラテン語に相当する漢文、ドイツ語に相当する韓国語と見ることが出来るかもしれません。そうなると、日本の国語学習において、古文・漢文が必修とされ、実際にこうした教養の有無は国語能力の差に大きく関わることを考えると、英語学習においてもラテン語、ドイツ語、古・中英語の知識が重要であり、さらに従来の日本の国語教育では韓国語に対する系統的理解が欠けているという観点も出てくるでしょう。
 こうした見方を発展させると、サンスクリット語の影響を多分に受け、モンゴル帝国にラマ教(チベット密教)を送り込んだチベットのチベット語は、ギリシア正教・東ローマ帝国を引き継ぎ、「第3のローマ」を自称したロシアのロシア語が比較されるかもしれません。また、現代中国語(北京語)はラテン語直系と言われるフランス語、一時期世界に大進出したスペイン(ラテン語の影響大)のスペイン語は中国・華僑が話す広東語、イタリア語は台湾語に比較することができるかもしれませんが、これは少々アナロジーの行き過ぎでしょう。

③文法・読解・作文・会話の4ジャンルを押さえましょう。
 外国語学習は押しなべてそうですが、基本単語(大体1,000語)と基本文法(とにかく薄い文法書を使うのがコツとされます)をまず押さえ、それから読み物を通じて読解力をつけ、語学力を飛躍させるのは作文ということになります。会話はネイティブの力(テレビ・ラジオ・映画を含む)を借り、数多く耳にするから聞き取れるようになるのであり、聞き取れない言葉を話せるわけがないとされます。最近では発声法に力を入れ、読み書きにおける「文法」理解の重要性と同様に、話し聞きにおける「発声法」習得の重要性を強調する勉強法も出てきています。
いずれにせよ、読み・書き・聞き・話すといった4つの基本的言語能力を総合的に伸ばすことが外国語学習ですが、ここで気をつけなければならないことは、バイリンガルには普通はなれないということです(バイリンガルになれるのは「親」に恵まれた場合のみ、という言語学者の意見もあります)。母国語並みにあるいは母国語以上に使いこなせる言語があるとすれば、それが母国語なのであり、普通は新たに習得した外国語の駆使能力は母国語駆使能力を下回るのが当然だからです。そういう意味では、多くの翻訳者が「結局、外国語の能力ではなく、日本語の能力が問われる」と言うように、外国語を深く学ぶ為には、まず母国語たる日本語を深く学び、その達人にならなければならないと言えそうです。
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