キャンパスライフ充実編⑨:山に登りましょう。

記事
学び
Make haste slowly.(ゆっくり急げ。)
「(なぜエヴェレストに登りたいのかと問われ)なぜなら、そこにそれがあるから。」(ジョージ・マロリー)
「人の一生は重荷を負ふて遠き道を往くがごとし、急ぐべからず。」(徳川家康)

 「山登り」は「人生」に似ていると言われます。途中はつらいばかりで、休みたくなるし、いっそのこと止めてしまえと何度も思うわけです。しかし、仲間と励まし合ったり、山水でのどを潤したりして元気づけられ、あるいは見え隠れする頂上に「もう少し、もう少し」と思わされて、とうとう頂上に達すると、それまでの苦労がウソのように消えて、「あー、最後まで登り切って本当によかった」としみじみ思うのです。こうした体験を持っていると、逆境に遭った時、「それでもそれでも」と乗り越えられるでしょうし、一度そうした乗り越えた経験を持つ人はまた新たな逆境に遭遇した時、乗り越える力を与えられるものです。実際、人が逆境を乗り越えられる、最後の原動力は「かつて逆境を乗り越えたことがあるという体験」であるとされます。となると、そうした最初の体験を如何に持つか(たとえそれが如何に小さいものであったとしても)ということが重要になってくるのであり、こうした観点で見ると「山登り体験」は「人生の縮図」のような様相すら帯びてくるのです。
 また、人によっては道に行き詰まった時、充電期間を確保する時、「山ごもり」をするという人もいます。もちろん、別荘に行く人もいれば、海に出たり、座禅をするという人もいるでしょうが、1つの転機を迎えた時にいったん日常生活を離脱し、自分を見つめ直す時間を取ろうとするわけです。古来、「山には霊気がある」とされ、しかるべき所に行けばしかるべき気を受けるということですが、山はその最たる例ということになるのでしょう。例えば、京都市街を見下ろす比叡山の山頂の一角(ガーデンミュージアム比叡)には、有名な「将門の岩」と呼ばれるものがあります。ここで眼下に京都(当時の天下と言ってもよいでしょう)を見下ろしながら、平将門(関東で「新皇」と名乗って独立運動を起こしました)と藤原純友(海賊を率いて瀬戸内海を荒らし回りました)は天下と盗る相談をしたというのです。これが史実かどうかは定かではありませんが、今でもこの岩の上に立って京都の街を見下ろしていると血がムラムラとたぎり始め、「ワシが天下を取ってやる!!」と思わず握りこぶしを突き出したくなるのは事実です。
 ところで、山に登れば、たいてい大声で叫ぶものですが、「バカヤロー宣言」という面白い試みもあります。これは山頂で「○○のバカヤロー!!」と大声で何度か叫ぶというものですが、この○○には自分の名前が入ります(間違っても隣の人など、他の人の名前を入れてはいけません)。そして、「過去の自分」とここで決別するんだという意気込みで、力の限り、声の続く限り、叫ぶのです。一生懸命やると意外にスッキリするものです。是非、お試し下さい。

【ポイント】
①「最後まで思い出に残るスポーツ」は「登山」です。
 よく言われることですが、後々まで「思い出」に残るのは「登山」とされます。あるいは年をとっても続けやすく、全身運動としていいのが「水泳」、年をとってもいい思い出として長く残るのが「登山」ということになるでしょうか。ちなみに、生物学者としてダーウィンに真っ向から反対して「棲み分け理論」を唱えたことで有名な今西錦司は、山登りにしょっちゅう行っており、植物の植生など全部自分の目で確かめてきたことをよく叫んでいました。「ここにはこう書いてあるが、本当は違う。なぜなら、ワシは自分の目で確かめてきた」というわけです。この場合は「思い出」どころか、「学術」にまで高まったケースと言えそうです。

②「山登り」はなるべく仲間と行きましょう。
 危険なクライミングは避けるとしても、1人登山は万が一の時が大変です。やはり、仲間と一緒に行くのが無難な所です。そして、できれば日本だけではなく、海外でも有名で手頃な山には足を運んでみましょう。「思い出」は分かち合うのが基本です。

③準備を怠らないことです。
 いちいち重装備をする必要はありませんが、夏でも山頂は意外に冷えるのでトレーナーやジャンパーなどの準備は不可欠です。たまに軽い高山病にかかって調子を悪くする人もいるので、自分の体調と相談しながら、無理をしないようにしましょう。「仕事は段取りが全て」というのはあらゆるビジネスの基本ですが、これは何にでも当てはまります。
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