【C.H.Sisson英訳】
And a she-wolf, who seemed, in her thinness,
To have nothing but excessive appetites,
And she has already made many miserable.
【Mark Musa英訳】
And now a she-wolf came, that in her leanness
seemed racked with every kind of greediness
(how many people she has brought to grief!)
【野上素一和訳】
すると一匹の牝狼が現われたが、
それは貪欲を痩せこけたからだにこめ
多くの人の暮しを苦しめているようだった。
【平川祐弘和訳】
しかも続いて牝狼が現われた、
痩せ細り血に飢えた狼は
前にも大勢の人を悲嘆の淵に沈めたが、
【語句】
a she-wolf=牝狼。
a wolf in sheep’s clothing=偽善者(温順を装った危険人物、聖書「マタイ伝」より)。
thin=「やせた」の意も最も一般的な語だが、不健康にやせたということを表わす場合もあります。thinness(thinの名詞形)。
slim=良い意味でやせている。(見た目に優美で)ほっそりした、きゃしゃな。
slender=良い意味でやせている。ほっそりした、すらっとした。
lean=脂肪がついていなくて、引き締まった。leanness(leanの名詞形)。
slight=やせて弱々しい。細い、やせ型の、ほっそりした。
nothing but=ただ~のみ。
excessive=過度の、過大な、極端な。
appetite=食欲、欲望、欲求。
A good appetite is the best sauce.(空腹にまずものなし。)
miserable=(人が貧困・不幸・病弱などのために)惨めな、不幸な、哀れな、悲惨な。
rack=(体を引き裂くほどに人を)苦しめる、悩ます(by, with)。
greedy=貪欲な、欲張りの。greediness(greedyの名詞形)。
grief=(死別・後悔・絶望などによる)深い悲しみ、悲痛。ある特定の不幸による非常に強い悲しみ。
sorrow=親しい人を亡くしたり、不幸なことに対する悲しみを表わす、一般的な語。
sadness=何かの原因によるか、または何ということもなく沈んだ悲しい気持ち。
牝狼=「貪欲」の象徴と考えられてきましたが、「肉欲・情欲」の方がふさわしいと思われます。
【解説】
豹・獅子・狼は聖書的モチーフであると言えますが、単なる「狼」ではなく、「牝狼」となるとイタリア人にとってイメージが大きく変わってきます。なぜならローマ建国神話において、ローマの遠祖たるロムルスとレムスの双子の兄弟を助けたのが他ならぬ一匹の「牝狼」だからです。「牝狼」は軍神マルスの使いとされ、全ローマ人の「乳母」として位置づけられていて、「偉大なるローマ」を主題に歌った詩人プロペルティウスの『エレギアエ』、プロペルティウスより7歳若い同時代人オウィディウスの『祭暦』、叙事詩人ウェルギリウスの『アエネイス』などにもこの話が出て来ます。したがって、普遍的な「人間」というより、政争渦巻くイタリア人としての「業」がダンテの意識に強くあったのではないかとも思われます。ちなみに、『神曲』に登場する同時代のイタリア人が180名であるのに対し、外国人は90名です。