さらに勉強の理解を深めるためには、「学んでいる内容に対して疑問を持つように心がける」、あるいは「心の中に湧いてくる疑問を大切にする」ということが欠かせません。丸暗記も当然必要ですが、同時に疑問を感じる感性が物事の理解を深化させてくれるわけです。
例えば、「2本の平行な直線はどこまで行っても交わらない」ということはユークリッドの定義以来、当たり前のことだとして誰も疑問に感じませんでした。「そもそもどこまで行っても交わらないから平行と言うんじゃん、こりゃ定義だぜ」と思ってきたわけです。ところが、「交わることもある」と考えた人がいたのです。実際、地球のような球面上では2本の平行な直線は両極で交わってしまいます。ここから非ユークリッド幾何学が生まれ、これが無かったらアインシュタインの相対性理論も生まれなかったのです。
あるいは投資の世界でヘッジファンドが世界中で暴れまくっていた時、「株価が上がっても下がっても大儲けする」手法が注目されました。株価が上がれば儲かるというのは分かりますが、下がっても儲かるなんて不思議だとは思いませんか?これは別にヘッジファンドに限らず、伝統的な「空売り」をして、値が下がった所で安く買い戻せば差額分だけ利益が生まれる技術に他なりません。ただ、ヘッジファンドはデリバティブ(金融派生商品)取引を駆使して、レバレッジ(少ない投資資金で大きなリターンを実現する「てこの原理」のこと)を効かせるために利幅が大きくなるだけのことです。いずれにしてもこうした疑問を持つことが好奇心を刺激して、関心を高め、理解への意欲をかきたててくれることがよく分かることと思います。
これは「自問力」とでも言うべきものであり、この自問力が強烈に強い人が独創的な業績を生むわけです。若きエジソンは「なぜ?なぜ?」と疑問だらけで、どうしても自分で確かめてみずにはいられなかったと言います(結局、エジソンは学校生活に合わず、ドロップアウトします)。また、数学におけるノーベル賞であるフィールズ賞(その難度はノーベル賞以上でしょう。大体、ノーベル賞受賞業績の意義なら、ジャーナリズムで何度も紹介されるうちにおぼろげながら理解できてきますが、フィールズ賞はさっぱり分かりません。一般のジャーナリストでも紹介のしようがなく、サイエンス・ライターでもこれを扱える人は限られます)を取った広中平祐博士などは、「問題と共に寝る」ところまで行ったと言われます。四六時中、その問題について考えをめぐらしているので、文字通り「寝ても覚めても」という状態だったというのです(アルキメデスが風呂のお湯がこぼれるのを見て「浮力の原理」を発見したり、ニュートンがリンゴが落ちるのを見て「万有引力の法則」に気付いたのも、潜在意識の力によるものであり、問題を寝かせておいたことが発見につながったとされます)。大体、「集中力」といったものは「集中、集中」と言ってできるものではなく、「何でだろう?」と疑問を感じ、あれこれ調べ、それでも分からず、いろいろと考えていく中で結果として生じるものであり、そうやって手間ひまかかった分、その知識はきわめて深く身につくのです。
「専門書の読み方には、二通りあるように思います。その第一は、大体は「イエス、イエス」で読み、しかしどうしても納得できない箇所だけは「ノー」と言う読み方です。第二は、大体は「ノー、ノー」で読み、しかしどうしても納得せざるを得ない所だけは(やむなく)「イエス」と言う読み方です。そして私は、ケインズの著書であれ、ヒックスの書物であれ、みな、この後者の読み方で読んでおります。」(高田保馬~日本人でノーベル経済学賞候補たる力量を認められた人物として、高田保馬、安井琢磨、森嶋通夫の3人がまず挙げられます)