勉強はたいてい無味乾燥なものですが、それをおもしろくできるかどうかは、その分野に興味・関心を持つこと、理解できることが増えることにかかっています。つまり、知識がほとんどないのに興味津々ということはなく(もしもあるとすれば、ただの「あこがれ」でしょう)、逆にどんなに無関心だった分野でも、知っていることが増えてくれば、自然に「おもしろさ」が感じられてくるものだということです。
例えば、「It’s Greek to me.」(それは私にとってはギリシア語みたいなもんだ、私にはチンプンカンプンだ)というシェークスピアが作った有名な言葉があるように、ギリシア語が好きでしようがないという人は実に限られているでしょうが、「複雑系の出発点となったカオス理論はギリシア神話に出てくるカオス(混沌)から取ったんだって」「地球を1個の有機体と見るガイア仮説もギリシア神話のガイア(大地)から取ったそうだ」「日産の車のタイタンもティターン(巨人)に由来している」「フロイトが唱えたエロース(生の本能)とタナトス(死の本能)もギリシアの神々に着想を得ているんだよ」などといった知識が増えてくると、ギリシア神話が西洋文明にもたらしているインパクト、ギリシア語の影響力といったものに自ずと関心が芽生えてくることでしょう。
あるいは英語の代名詞を学ぶ際に出てくる「格(ケース)」(主格・所有格・目的格の3つがあります)といったものがありますが、これがおもしろくてたまらないと言う人はまずいないでしょう(そんなマニアックな人には近づきたくないと思いませんか)。ところが、ドイツ語(その直系先祖であるゲルマン祖語は英語の先祖でもあります)には格が4つあり、さらにラテン語(かつて東アジア世界では漢文が世界共通語であったようにヨーロッパではラテン語が世界共通語でした。ここから各国語が出てきたわけです)には格が5(6)つ、ロシア語(ヨーロッパは大きく分けて、ラテン語<ロマンス語~フランス語・スペイン語・ポルトガル語・イタリア語など>・ラテン民族・ローマンカトリック、ゲルマン語<ドイツ語・英語・オランダ語・スウェーデン語など>・ゲルマン民族・プロテスタント、スラブ語<ロシア語・ウクライナ語・ブルガリア語・ポーランド語など>・スラブ民族・ギリシア正教という3つの主要な言語・民族・宗教のグループがあります)では格が6つ、サンスクリット語(インド・ヨーロッパ語族と呼ばれるようにヨーロッパ人もインド人も元々同一の言語を話していたとされます。この幻の言語を「印欧祖語」と言い、その探求はヨーロッパ系言語学者にとっては究極のロマンとなっています)では何と格は8つもあったそうです。つまり、中央アジアから西進していくうちに「格」はどんどん単純化していったということです。これは「言語は単純化する」という原則を表わしてもいますし、あれほど苦手に感じていた英語は実はヨーロッパ言語の中では単純な部類に入ること(だから世界共通語としてもふさわしいとも言えます)、そしてこれからもっと単純化が進行する可能性があること(黒人英語、クレオール英語などもそういう傾向を示しています)も分かってくるでしょう。ここまで知識が増えてくると、あれほど無味乾燥だった「格」が実に興味深い存在になってくるわけです。
「勉強を面白くするためのもう一つの方法は、知識を増やすことである。
私は、国内線の飛行機で外を見るのを、いつも楽しいと思っている。しかし、窓際に座っていながら、景色に全く無関心の人もいる。生まれつき好奇心が弱い人もいるだろう。しかし、それだけではない。窓の外の景色に興味がないのは、その土地を知らないためか、上空から地理を識別できないためであることが多い。よく知っている土地なら、だれでもそれを上から眺めてみたいと思うだろう。一般に、ある程度知っていることについて新しい情報が得られると、興味を抱く。
つまり、知識が増えると、興味もます。そして、より深く学びたくなる。例えば、旅行で訪れた土地の歴史や地理について知識を持っていれば、他人が見過ごすものも見える。そうなると、さらに深く歴史や地理を学びたいと思うだろう。また、あることに興味を持つと、それに関連したことにも興味を抱くようになる。
このように、興味と知識は、連鎖的に広がる。勉強において、このような連鎖を広げてゆくことが重要だ。」
(野口悠紀雄『「超」勉強法』、講談社)