「信じたいのに、信じられない」🌙夜を越えて

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占いと愛の距離感について

占い師の私ですが、ここ数週間、実は少し苦しい時間を過ごしていました。

対象は、私の息子です。
年齢は立派な成人ですが、家の中で過ごす時間が長く、世間一般の「大人」とは少し違う歩幅で生きています。
「この子にはこの子の道のりがある・・・。」
占い師として、そして母として、頭では痛いほど理解しているつもりでした。


期待と落胆の間で

振り返れば、昨年秋のことでした。 
彼の表情がパッと明るくなり、行動にも活力が戻ってきたのです。
「いよいよ、光が見えてきたかな!🌟」と、私自身も手応えを感じるほどでした。

けれど、しばらくして社会との摩擦にぶつかったのか、あるいは彼自身の心の中に壁が現れたのか・・・。
年末に向かうにつれ、彼は立ち止まり、わかりやすく沈んでいきました。

そうなると、どうしても表面的な様子に心が引っ張られてしまいます。まるで彼の感情と自分の心が細い糸でリンクしているかのように、私の中に拭いきれない「焦り」が生まれました。


「根拠」を探して迷子になった期間

私は、その焦りを打ち消そうと必死になりました。
気づけば四柱推命の命式を読みなおし、タロットを何度も引き、数秘のサイクルを確認する。 
「大丈夫だという根拠」を、無理やりねじ伏せるように探し回ったのです。

今思えば、あの時の私は交感神経が完全に高ぶっていました。呼吸は浅くなり、心臓の鼓動もどこか急かされるようで、落ち着いて真実を見る余裕などなかったのだと思います。

けれど、答えを急げば急ぐほど、運命の輪は空回りし、私は暗闇の中で迷子になっていきました。文字通り、「迷走」ですよね・・・(笑)💦
「安心したい」という執着で得ようとした「こたえ」は、決してその姿を見せてくれないのだ、と痛感しました。


占いを「愛」という温度で扱うこと

やがて時が過ぎ、お互いの状態がふっと浮上するように落ち着いた時、ようやく気づいたことがあります。

占いは、未来をコントロールするための武器ではありません。もちろん、それは十分知っていました。
現状を無理やりねじ曲げるための道具でもありません。それももちろん、知ってました。

占いは、あくまで「人生をより良く歩むためのツール」。
けれど、そこに扱う側の「愛(信頼)」がなければ、ただの記号や絵札になってしまいます。


もしも今、あなたも大切な誰かのことで「信じたいのに信じきれない」と苦しんでいるのなら
どうか、その焦っているご自身を責めないでください。

占いを通じて、あなたが少しだけ深く呼吸ができるように願いながら、
メッセージをお届けしたいと思っています💌

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