「疲れた病にかかった日」

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コラム
何もしたくない日があっても、いい

「何もしたくない」
 何にもしたくない
 なーんもしたくない」

ふと、心の奥から聞こえてきた声でした。

その声のすぐ下に、もうひとつの声があって。
それは、

「ちゃんとしなくっちゃ」
「大人なんだから」
「やることやらなきゃ」

そんな、長い間一緒に生きてきた声。

でもね、
その日は身体がはっきり教えてくれていたんです。

「今日は、したくないんだよ」
「今は、動けないよ」って。

頭では「やらなきゃ」がぐるぐるしているのに、
身体は正直で、ちゃんとブレーキをかけてくる。

この感じ、きっと
同じように感じたことがある人も多いんじゃないかな、と思います。

私たちはつい、
「気持ちより、ちゃんと」
「身体より、役割」
を優先してしまいがち。

特に、ずっと誰かを支えてきた人ほど、
「休みたい」より先に
「休んでいいのかな?」って考えてしまう。

でもね。

何もしたくない日があるのは、
怠けているからじゃない。
弱いからでもない。

ただ、
今まで頑張ってきた身体と心が、ひと息つきたがっているだけ
なんだと思うんです。

「そんな日があっていい」
私は、そう思っています。

むしろ、
「そんな日があるといい」

ちゃんとしなくてもいい日。
役に立たなくてもいい日。
何者でもなく、ただそこにいる日。

何もしなかった一日も、
ちゃんと、生きていた一日。

もし今、
「何もしたくないな…」って感じているなら、
その感覚を無理に追い払わなくて大丈夫です。

今日は、そういう日。
それだけのこと。

ここでは、
そんな心の声を、そっと置いていってもいい。

言葉にならなくてもいいし、
ちゃんと話そうとしなくてもいい。

「何もしたくない」
その一言だけでも、十分です。

ここでは、「ちゃんと話さなくていい時間」を大切にしています。
何もしたくない日も、言葉がまとまらない日も、
そのままで大丈夫な場所です。

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