皆様、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?
さて、今日はルッキズムについてのお話になります。
皆様は、自分自身の容姿で悩んだことがありますか?
容姿が原因で嫌な目に遭ったことがある方もいるかもしれません。
自分が若い頃、ルッキズムという言葉は、存在していなかったように感じます。
1970年の頃から存在した言葉のようですが、最近になって「ルッキズム」という言葉を知りました。
自分は女として産まれてきたのですが、容姿での扱いの違い、差別は十代の頃から感じてきました。
かつて、自分にも友人がいました。
よく一緒に居た子でしたが、その子はとても容姿が優れた子でした。
フランス人形のような見た目をした子で、ハーフのような顔立ちでした。
大きな二重まぶたで肌も白く、その場にいるだけで華やかさのある子でした。
どこに行っても大事にされる子でした。
その子の父親は、いつもこの子のことを可愛い可愛いと育てていたのが印象的です。
この時の周りの方の心理を分析しても、容姿が良い=可愛いから対応を良くしていた感覚は強かったです。
特に、十代の時は容姿が良いと周りから大事にされやすいものです。
(ただ、良いことばかりではなく、同性の方からは時に嫉妬の感情を向けられることもあります)。
逆に、自分はこの子のそばにいると、いつも「おまけ」のような存在だと思われていました。
自分は全く容姿に優れていたわけではなく、むしろ自分の容姿で悩んでいた側の人間でした。
その子がフランス人形だとすれば、自分はこけしのような存在でした。
和風の顔、着物がよく似合う顔だね、と褒められる事はありましたが、その度にこけしと自分の存在が重なって、しんどくなっていたように感じます。
その後、大人になるにつれても、容姿での差別と言うのはよく感じました。
男性側の心理を分析すると、ほとんどの方が女性の容姿を気にしています。
女性の容姿に点数をつけて、面白がっている感覚を持っている方を見かけたこともあります。
この点は、今も昔も変わらないのではないかと思います。
若い男性を分析していると、この感覚は相当強いので、本人が自覚していなくても、容姿で差別してしまう事はあるのだと思います。
見た目の問題は本当に根深いものだと思います。
自分の人生を振り返っても、容姿の良い子は周りに大事にされていましたが、その光景を目の当たりにするたびに理不尽さを感じていました。
正直なところ、子供の頃は特に、容姿が周りよりも良く産まれてきた子は、周りから大事にされやすいと思います。
人の心理を理解しているから、そう言えるのかもしれません。
もしかしたら、動物的な反応なのかもしれません。
無意識のうちに、そうしてしまう感覚があるのかもしれません。
ルッキズムは本当に難しい問題だと思います。
自分自身、若い頃は特に見た目で苦しんできたので、見た目で判断する社会がなくなれば良いと思います。
見た目など関係なく、誰もが受け入れてもらえる社会であれば、楽になると思います。
ただ、現実は、見た目での差別はなくならないのだと感じます。
いつも思うのですが、ペットショップも廃止されてほしいと個人的には思っています。
ペットショップの仕組み自体に、自分は疑問を感じています。
ペットショップには可愛い顔立ちや、色や柄が整った子、赤ちゃん寄りの小さい子ばかりが存在しています。
大きくなっていくと、安く売られることもあるかと思います。
確かに、ペットショップに並んでいる子たちは赤ちゃんが多く、見た目も可愛いです。
反面、保健所にいる犬や猫たちは、年齢を重ねた子が多く、自然な姿をした可愛い子が多いです。
ただ、この子たちは、あまり多くの方に目にかけてもらえず、家族になりたいとも思ってもらえず、死んでいく子が多いです。
ペットショップの子も、保健所の子も、この子が欲しいと思ってもらえなければ、救ってもらえない命です。
人間も同様だと思います。
見た目が優れた子は誰かに選ばれやすいかもしれません。
逆に、人から見た目が優れていないと感じられた方は、選ばれることがないかもしれません。
見た目の問題は本当に無意識だと思います。
根っこの部分から、人間は見た目に対する差別のようなものを持っているのかもしれません。
もちろん、すべての方がそうではないと思うのですが、人の心理を分析する上でも、見た目の差別は相当大きいものだと感じています。
お金持ちに見える方と、お金がなさそうに見える方だと、接客に対応が出ることがあるかもしれません。
これも、ある意味で見た目での差別だと感じます。
見た目に興味があるからこそ、その人の中身を知りたいと思う人は多いです。
逆に、見た目が受け入れられなければ、その人の中身を知りたいと思わない方も多いです。
ただ、本当に時々、見た目に対する差別心が薄く、どのような方に対しても平等に接することができる人も存在します。
このような少数派の人がもっと増えてくれたら、もっと生きやすくなるのではないかと思います。
見た目を気にしてしまう方は多いと思うのですが、どの方に対しても優しい社会であってほしいと感じます。