頑張らずに上手くいったら、それはそれでめっちゃコワイのかも
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いやー、そんなワケあるかい。
と私は思ってたんだけどさ。
頑張って頑張って
がんばれんくなって
じゃあ頑張らずに
うまくいく方法さがそ~、とか
あの人のまねしてみよ~、とか
やってみるじゃないですか。
で、コツを掴んで
いよいよ
頑張らずにうまくいきそう・・・!
って時に
めちゃくちゃ怖くなることって
あるんですよね。
ところで、
私は自分をみつけはじめて
10年くらいになるんだけど
はじめの頃は
自己肯定感とか、
自己啓発の本を読みまくってたのね。
ほんで、
「ゆるふわ」「シンデレラ」とかってワードに
めちゃくちゃイライラして(笑)
そんなんで上手くいったら
苦労せんわ!!!
あんたが特別なだけで
本とかだすなや!!
みたいに(ほんとこじらせてた)
思っとったわけですよ(笑)
でも
それでも読み続けたのは
やっぱり
「どうやったら自分もそこに行けるのかな」
って、
わらをもつかむような気持ちで
本当に限界を迎えていたんだと思います。
そこから、
内観をはじめて
自分がなぜ頑張り続けてしまうのか
頑張らないとどうなると思ってるのか
何を求めて、何をこわがってたのか
とかね
小さい頃からの
親とのルーツとか
繊細な気質とか
にぎってる考えとか
少しずつ
ゆるめていったんですよね。
ガイドさんとも
(スピ嫌いなひとごめん)
繋がれるようになってきて
『頑張らない』というよりも
『本来の自分』でいることで
うまくいく感覚が
なんとなくわかってきたんですよ。
でもね、
同時にめっちゃくちゃ怖くなった。
例えばさ
もう主人との事も、
お母さん業も、
電話占いも、
薬剤師のパートも、
もうぜぇーーんぶに当てはまるんだけど。
薬剤師のパートではね
「役に立たなきゃ…!」
って頑張ってるときは
めちゃくちゃ目を付けられるし
失敗を大きく取り上げられるし
みたいなことが起こる。
だけど、
「もう自然体でいいや~
今できることを真摯にやるのが大事~」
って自分でゆるしたうえで
やってくと、
厳しい人が急に異動になったり
最近頑張ってるよねって声をかけられたり
そういう事が起こるんです。
これはもうシンプルに
内側が映し出されてるだけなので
そういうもんだと思うんだけどね。
問題はここからですよ。
「最近、頑張ってるよね」
って声をかけてもらってからどうなるか。
一瞬嬉しいんだよ?
じーん、とくるんだよ。
でもね
今まで頑張りすぎてた自分が、イタイ
今までの私って、時間って何?
「学ばなきゃ」
「迷惑かけられない」
「もっと上手く立ち回らなきゃ」
「効率よく動かなきゃ」
「人よりおとってるんだから」
「早く、でも丁寧に、完璧に」
「失敗しないように」
ってやってきた自分は
なんだったの?
って
絶望したんですよね。
頭ではわかるんだよ?
これも、
私の魂が決めてきた設定であり
経験であり。
ゆるめるってこういう事なんだ。
私らしくいて上手くいくって、
こうするんだな。
みたいなのを
気付けたのは嬉しいんだけど。
それにしたってさ
あんときの苦しさ
つらさ
自分を大切にできなかった事。
”経験”のひとことで片づけないでほしい。
って叫んで泣いてる
自分もいるんですよね。
当時の私は、こんな風に
いったり来たりしてる自分すらも
未熟だな…
なんて
自分下げの理由にしてたりしたんだけど(笑)
その気持ちのアップダウンは当然。
人間ですからね。
それすらも
魂的には順調に進路を進んでいるだけ。
そこを腑に落として、
すっきりと前に進むには、
やっぱり
過去の自分の気持ちを
自分で聞いてあげることが本当に大切。
ここを抜かす人が多すぎるんだ。
優しくて、頑張った人ほど
抜かして前に進もうとする。
もちろん丁寧に向き合った方が
本当はいいけど
「よく頑張ったね、ありがとう」
ってこころの中で声をかけて
ぎゅーーーって
自分を自分で抱きしめるだけでも
にぎってたものが
ふわっとほどけていく感覚。
なんとなくわかると思う。
もしね、
『頑張る』の手放しに取り組んでいて、
でも
上手くいかないとか、
やっぱり怖いとか、
もし色々出てきているとしたら
それは当然だよね~って
一旦、声かけてあげて
良かったら、
今日寝る前に
ぎゅーーって抱きしめてあげてほしい。
頑張らない、ありのままの自分も
もちろん素晴らしいんだけど。
ここまで連れてきてくれた
『頑張りすぎた私』も
立派な自分だからね。
どちらも、自分。
エネルギーが一致したとき、
また動き出すからね。