ちゃんとやったはずなのに、納得できなかった日
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こんにちは、目標達成コーチ®yokoです。
このブログでは、
「このままでいいのかな…」と立ち止まるとき、
思い込みや“ちゃんと”をほどきながら、
自分らしい生き方を見つけるヒントを
お届けしています。
今回のテーマは、
「ちゃんとやったはずなのに、
納得できなかったこと」です。
頑張った。
ちゃんと終わらせた。
周りにも迷惑はかからなかった。
客観的に見れば、
ちゃんとやったはずなのに、
なぜか、
心の中に小さな引っかかりが残ることがあります。
達成したはずなのに、
どこか納得できない。
むしろ、
「これでよかったのだろうか」
という違和感だけが残る。
そんな経験はありませんか?
「私がやるしかない」で動いた日
職場に、
何事も先延ばしにする上司がいます。
必要な手続きを後回しにして、
半年近く案件が止まることもあるほどです。
先日も、
書類の提出期限まであと3日、
というタイミングで、
急に書類作成を頼まれました。
いつもの展開、
「またですか…、今回は断ろうかな。」
と思ったんです。
でも、
期限を守らないと他部署にも迷惑がかかる。
そして頭のどこかで、
「私がやらなかったら、また先延ばしになる」
という思いも出てきます。
結局、引き受けました。
期限には間に合いましたし、
周りにも迷惑はかかりませんでした。
それなのに、
終わったあと、
達成感も満足感もなく、
ただ、疲れていて、
心の中にモヤモヤが残っていました。
そのとき、ふと思ったんです。
私は、
納得して引き受けたのだろうか。
それとも、
「私がやるしかない」
と思って動いていたのだろうか。
脳は「役に立てた」を喜ぶ
脳科学では、
「誰かの役に立ったと感じることが、
脳の報酬系に関わることがある」
と言われています。
寄付や利他的行動の研究では、
「価値がある」
「やってよかった」
そうした感覚に関わる、
脳のネットワークが働くことが報告されています。
「役に立ちたい」
という気持ちは、
人間の脳に備わった
自然な働きの“ひとつ”です。
それでも、疲れてしまうことがある
脳は、
「役に立てた」という感覚を、
価値あるものとして受け取る。
でも、
頑張ることが、
いつも満足感につながるとは限りません。
誰かの役に立ったはずなのに、
ちゃんと終わらせたはずなのに、
どこか納得できない。
そんな感覚が残ることがあります。
その違いは、
「何をしたか」より、
自分がどんな気持ちで動いていたか。
そこにあるように感じています。
たとえば、
「やってあげたい」
と思って動くのと、
「私がやるしかない」
「断れない」
「そうしないと落ち着かない」
と思って動くのとでは、
同じ行動でも、
心の消耗の仕方は変わります。
外から見ると、
どちらも同じ「責任感」や「優しさ」に見える。
でも、
自分の内側で起きていることは、
同じとは限りません。
自分に、問いかけてみる
もし最近、
優しさや責任感に疲れているなら、
こんな質問をしてみてください。
「私は今、納得して選んでいる?」
それとも、
「そうするしかない、と思って動いている?」
すぐに答えが出なくても、大丈夫です。
この問いは、
置き去りにしていた
“自分の声”
に気づく入口になります。
まとめ
責任感を持って動くことも、
誰かの役に立とうとすることも、
悪いことではありません。
でも、
自分の気持ちを後回しにしたまま、
「私がやるしかない」
で動き続けると、
ちゃんとやったはずなのに、
どこか納得できない。
そんな感覚が残ることがあります。
責任感も、優しさも、大切なものです。
だからこそ、
その行動が、
自分でも納得できる選択だったか。
ときどき確かめることが、
同じくらい大切なのだと思います。
もしも、
頑張ったはずなのに、
なぜか心が追いつかない。
そんな感覚があるなら、
「もっと頑張る」前に、
「私、本当はどうしたかった?」
と、自分に聞いてみてください。
その問いは、
置き去りにしていた
“自分の納得感”や“自分の声”
に気づく、
小さな入口になってくれます。
今日も最後までお読みいただき
ありがとうございました。
また次回、水曜日にお会いしましょう。