恋は「する」ものではなく「落ちる」もの

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好きなのに、苦しい夜に ― それは時代のせいかもしれない


こんばんわ。タロットと深層心理の視点から、恋愛の行方と男心を読み解いている、れいです。


恋愛には、"罠"がある、今日はそういう話をしようと思います。
しかも、真面目に向き合おうとすればするほど、深くはまってしまう罠。。


僕自身も、過去にその罠に陥っていた時期があって。


自分の恋愛を「絶対に失敗してはいけないプロジェクト」のように捉えて、傷つかないためのリスク計算をして、すべてを"意志"でコントロールしようとした。結果的に、心がボロボロに疲弊してしまった。


その罠の正体に気づいたのは、ずいぶん後のことでした。


「彼から連絡が来ない。次にどう動くべきだろうか」
「このまま待っていて、私の時間は無駄にならないだろうか」


そんなふうに、恋愛の先が見えずに心がすり減ってしまう夜、ありませんか。
「私のやり方が間違っていたのでは」「もっとうまくできたはずなのに」と、深く傷ついてしまう。


あなたがいま苦しいのは、魅力が足りないからじゃない。
「すべてを自分の力でどうにかしなければ」という重圧に、心が疲れ切ってしまっているから。


、、でも、なぜそうなってしまうのか。



「子どもの頃みたいに、ただ好きという気持ちだけで動けたら、どんなに楽だろう」
そう思うことはないでしょうか。


大人になるにつれて、「結婚というゴールが見えないなら、この時間は無駄なのかもしれない」と、先行きや効率を考えてしまうようになる。


それは、あなたが打算的になったからじゃないと思うんです。自分の人生と、限られた時間に対して、真剣に向き合おうとしているから。


ただ、現代って、恋愛までも「自分の意志と努力でコントロールして、確実に成功させなければならないプロジェクト」のように扱われてしまう時代で。


だからこそ、思い通りに関係が進まないだけで、「私のやり方が間違っていたのでは」という話になっていく。


ここに、罠の正体があるんです。


少し前に、國分功一郎の『中動態の世界』という本を読んでいたんですよね。


古代の言語には、能動でも受動でもない「中動態」という表現があったそうで。つまり、「自分がする」と「誰かにされる」だけじゃない、もうひとつの
状態があった。


でも近代社会に入ってから、この「中動態」は言語の中から消えていった。すべてのことが、「する/される」のどちらかに分類されるようになった。


---本によると、様々な要因で、"中道態"という形式は排除されるようになっていったそうです。---


ここが大事なところで。


「する/される」という構造の世界では、何かが起きたとき、必ず"誰がしたのか"という問いが生まれます。うまくいったなら「自分がうまくやった」、うまくいかなかったなら「自分のやり方が悪かった」。


結果はすべて、誰かの行為に結びつけられる。


だから恋愛でさえ、彼から返事が来なければ「私の伝え方が悪かったのかも」、関係が進まなければ「私の努力が足りないのかも」という話になっていく。


うまくいかない理由が、気づけばぜんぶ自分の中に引き取られてしまう。
これが、罠の正体です。

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じつは、、僕自身がこの考え方に救われた部分があって。


恋愛がうまくいかなかったとき、ずっと「自分のやり方が悪かったんだ」と思っていたんですよね。でも「する/される」という枠組みそのものに問題があったと気づいたとき、少し楽になれたんです。


うまくいかなかったのは、意志が足りなかったからでも、やり方が悪かったからでもなくて。ただ、そういう波の中にいた。ふたりのあいだに、そういう流れがあった。


それだけのことだったのかもしれない、と。


少しだけ、昔のことを思い出してみてください。


誰かを好きになったとき、気づいたら目で追っていて、胸が苦しくなっていて、その感情の波にどうしようもなく巻き込まれていた。


あれって、自分が「した」わけじゃない。でも、誰かに「させられた」わけでもない。


気づいたら、"そうなっていた"。


「恋に落ちる」という言葉は、まさにそれで。


自分の中に何かが生まれて、相手との関係の波に巻き込まれながら、自分自身が少しずつ変化していく。相手に影響を与えながら、自分も影響を受ける。傷ついたり、気づいたり、やわらかくなったり、強くなったり。


恋愛や人間関係って、そういうふうにお互いが変化していくプロセスそのものなんだと思うんですよね。


中動態とは、本来の恋愛の本質そのものだったんじゃないかと思います。


それともうひとつ、気づいたことがあって。


「責任を持つ」ということ自体は、大切なことだと思っています。


でも、恋愛や人間関係において「すべてを自分の意志と責任でコントロールする」という考え方には、そもそも無理があるんじゃないかと。


人は誰かと出会うことで変わるし、予想外の感情に巻き込まれるし、自分でもわからない方向に動いていく。


その「制御できなさ」こそが、人間関係の本来の姿なんじゃないかと思うんです。


責任とは、すべてを"どうにかしようと"することじゃなくて、その「制御できなさ」の中でも、自分の軸を失わずにいることなのかもしれない。


だからこそ、必要なのは「もっとうまくやること」じゃないと思っていて。
機械でも、部品同士がぴったり噛み合いすぎると、かえって壊れてしまう。動くためには、少しの「遊び」が必要で。


恋愛も、同じじゃないかと思うんですよね。
"なんとか"しようとするほど、心に余白がなくなっていく。余白がなくなると、相手の小さな言動にも過剰に反応してしまう。そしてますます疲れていく。


必要なのは、うまくやることじゃなくて、安心していられる場所を持つことなんじゃないかと。


結論を出さなくていい。うまく説明しなくていい。ただ、今の気持ちのままでいられる場所。


占いは、そういう時間になれると思っています。


いまふたりのあいだにどんな波が来ていて、どこへ向かおうとしているのか。それを少し俯瞰したところから見立てていくのが、僕のタロットリーディングの役割です。


相手の気持ちに白黒をつけるものでも、「もっと努力しなさい」と強要するものでもなくて。


絡まった感情をほぐして、あなたが自分自身の軸を取り戻し、お互いにとっての"進み方"を見つけて行くひとつの場所だと思っています。




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