デモとして、2018年問2の自作解答例を添付しました。
この年の問題は、金本位制がテーマになります。
オンライン授業では、金本位制のしくみや日本で金本位制が導入される経緯、金解禁と昭和恐慌の関係も含めて解説します。
(1)問題
次の文章を読んで,下記の問いに答えなさい。(問1から問4まですべてで400字以内)
近代日本における資本主義の発展過程において,金融機関が果たした役割は大きかった。1872年に国立銀行条例が定められ,1879年末までに各地に国立銀行が153行設立された。1882年には中央銀行としての日本銀行が設立され,一方各地の国立銀行は1899年までに普通銀行に転換した。1897年に貨幣法が制定され,金本位制を採用するとともに,特定の分野に資金を供給する特殊銀行が設立された。日本銀行を頂点として普通銀行,特殊銀行が日本の貿易,産業,流通といった様々な経済活動の金融的側面を支えたのである。下図は,1880年代から1940年代までの普通銀行数を5年ごとにあらわしたものである。1900年代初頭に1800行を超えた普通銀行はその後,減少と増加を繰り返し,1920年代半ばから急減していくこととなる。
問1 国立銀行は当初設立数が伸び悩んだものの,1876年を境に設立が活発となった。その背景を説明しなさい。
問2 日本が1897年に金本位制を採用した理由について説明しなさい。
問3 第二次世界大戦以前に設立された特殊銀行を2つあげなさい。
問4 1920年代後半以降に普通銀行が減少した理由を当時の金融界の動向から説明しなさい。
(2)解答例
問1 国立銀行は当初設立数が伸び悩んだものの,1876年を境に設立が活発となった。その背景を説明しなさい。
1871年新貨条例で金本位制を採用し国立銀行条例で国立銀行を設立して金兌換を開始したが準備金の不足により4行に留まった。そこで1 8 7 6年に国立銀行条例を改正して金兌換義務を外し、153の国立銀行が設立された。
問2 日本が1897年に金本位制を採用した理由について説明しなさい。
新貨条例の金本位制は失敗し、日本銀行条例で日本銀行を設立し1 8 8 5年より銀兌換銀行券を発行して銀本位制となった。金本位制を採用している欧米との貿易の振興と外国為替の安定のために日本が金本位制を確立するのは喫緊の課題であった。日清戦争に勝利して下関条約により清国から獲得した賠償金を準備金として1 8 9 7年、貨幣法で金本位制が確立した。
問3 第二次世界大戦以前に設立された特殊銀行を2つあげなさい。
横浜正金銀行、台湾銀行。
問4 1920年代後半以降に普通銀行が減少した理由を当時の金融界の動向から説明しなさい。
震災恐慌の対応の失敗により1 9 2 7年金融恐慌が起こった。取り付け騒ぎが起こり中小銀行の倒産が相次いだ。田中義一内閣は緊急勅令によって3週間のモラトリアムを発動して金融恐慌を沈静化するが恐慌後は銀行の合併が進み五大銀行へ預金が集中したから。
(3)400字解答例
問1 1871年新貨条例で金本位制を採用し国立銀行条例で国立銀行を設立して金兌換を開始したが準備金の不足により4行に留まった。そこで1 8 7 6年に国立銀行条例を改正して金兌換義務を外し、153の国立銀行が設立された。問2 新貨条例の金本位制は失敗し、日本銀行条例で日本銀行を設立し1 8 8 5年より銀兌換銀行券を発行して銀本位制となった。金本位制を採用している欧米との貿易の振興と外国為替の安定のために日本が金本位制を確立するのは喫緊の課題であった。日清戦争に勝利して下関条約により清国から獲得した賠償金を準備金として1 8 9 7年、貨幣法で金本位制が確立した。問3 横浜正金銀行、台湾銀行。問4 震災恐慌の対応の失敗により1 9 2 7年金融恐慌が起こった。取り付け騒ぎが起こり中小銀行の倒産が相次いだ。田中義一内閣は緊急勅令によって3週間のモラトリアムを発動して金融恐慌を沈静化するが恐慌後は銀行の合併が進み五大銀行へ預金が集中したから。