そうして迎えた今週の土曜日。
何とありがたい事に私を迎え入れてくれた人(Aさんとしましょうか)が、迎えに来てくださるとのこと。
猟場がここ付近でないことは聞いていたので、一緒に来てくれるのなら非常に助かる。
そんなわけで休みの早朝にのそのそとベッドを抜け出し、待ち合わせ場所へ向かう。
迎えに来てくださったAさんは、予想通り40代くらいの女性で、去年から狩猟を始めたらしい。
車に乗せていただき一時間ほど。やってきたのは山奥にある小さな田舎町だった。
私の地元もそれなりに田舎だとは思っていたが、ここはそれ以上だ。
家よりも畑の数が多く、人の喧騒で溢れ返った都会とは真逆とも言える場所。
歩いて行ける距離に、コンビニやスーパーなどの物を買える場所はなく、近くにあったバス停を見れば、バスは一日二本。
予想以上に山奥の場所に驚きながらも、私達は車を降りた。
そこは、町の入り口から少し先にある畑の近く。目の前には木造の小屋………と呼んでいいのかも分からない、寂れた建物だ。
床はなくぬかるんだ地面のまま、壁は隙間の多い木の板とプレハブでできており、真ん中には大きな薪ストーブがある。
ここがハンター達の休憩所、『狩猟小屋』と呼ばれていた。
まぁ休むだけなら、こういう場所でいいのかもしれない。そう思いながら中に入ると、既に先客がいた。
70代後半ほどの男性で、彼が私に狩猟を教えてくれる人らしい。まぁ師匠ってわけだ。
この狩猟グループを取りまとめており、何十年も前から、ここで罠をかけて鹿や猪を獲ってるんだと。
さらに銃の免許も持っていて、鴨を獲ったりもしてるらしい。ここじゃ銃は使えないから、別の場所だが。
これは否が応でも期待が高まる。
それから数分して、三、四人程の人が小屋に入ってきた。彼らも全員ハンターで、私の先輩に当たる。
私と同様に今年から狩猟を始めた人もいれば、数年前から始めて経験を積んできた人もいる。
その人達にも自己紹介を済ませて、早速活動開始だ。
具体的な予定としては、今日罠をかけて明日見るらしい。
罠はかけたら、基本的に毎日見回りをしなければならない決まりだ。
私達は、基本的に土日の休みで活動するので、こういうスケジュールになる。
まずは道具の準備。
罠はグループで持っている物と、ありがたいことに私の持ってる物も使わせてもらう事になった。
今回使う罠は2種類。私も持っているくくり罠と大型の箱罠、要は檻だ。全部で13箇所程かけるらしい。
檻の仕組みとしては、檻の扉をワイヤーで吊っており、中に張ってある蹴り糸(糸とは言っても実際は針金)で固定されている。
入ってきた獣の脚が蹴り糸を蹴ると、固定されていたワイヤーがはずれて扉が落ちて閉じる、といった感じだ。
この町には、師匠達が前から使ってる箱罠がいくつか置いてあるらしい。
くくり罠は猟期が終れば引き上げるが、この箱罠は大きすぎるため、猟期の後は扉を閉めてそのままなんだと。
次に獲物を誘き寄せる餌だ。これは糠を使っているらしい。あの独特の匂いに釣られてやって来るんだと。
ちなみにこの糠は、農協とかから貰ってきたとかでタダらしい。
というわけで遠慮なくたっぷり使えるので、罠十三箇所に対して中型のズダ袋を6,7袋ほど用意する。
さらに糠単体だと味気ないため、少量の塩も用意。融雪剤の塩化カリウムでも大丈夫だ。お世辞にもいい味とは言えないが、塩味は確かにある。
そして罠をかけるための道具も用意する。
くくり罠は地面を掘らなければならないので、スコップが必須。さらに地面に埋まっている木の根が邪魔な時のために、小型のノコギリも。
箱罠のための道具は、蹴り糸が使い物にならなくなってた時用に、予備の針金と交換するためのニッパー。そして、扉が錆びて落ちにくくなるのを防ぐための油だ。
これらの道具を猟場に持ち込む際の注意点として、落とした時にすぐ見つかるように赤や黄色のマスキングテープで色をつけるようにしている。
細々とした道具は一つにまとめて、いざ出発だ。
罠をかける場所は既に決めてあって、土地の持ち主さんとも話がついているらしい。
そんなわけで民家の並ぶ道を逸れて、急な斜面を登っていく。
普通に登るだけでも結構大変なのだが、さらに罠をかけるに当たって必要な道具を持ちながらなので、両手が塞がってる状態。
何とか怪我だけはせず、最初の場所に辿り着いた。
ここではくくり罠をかけるため、早速僕の物を使う。
近くに太めの木があったので、まずはこれをアンカーにして罠のワイヤーを巻きつける。
そして踏み板にワイヤーの先端の輪っかを通してから、思いっきり引っ張ってバネをギリギリまで縮める。
その間に師匠達が埋める穴を掘ってくれたので、罠を埋めた。土で軽く覆った後に、近くに落ちてる枯葉でカモフラージュする。
そしてここからが大切。罠の手前に木の棒を置き、さらにその先に糠を盛るのだ。これをウチでは跨ぎ棒と呼んでいる。
というのも鹿は目の前に障害物があると、それを踏み越えようとする習性がある。
餌に釣られてやってきた鹿が餌を食べようとする時、この跨ぎ棒があるとそれを踏み越えようとする。そして棒の先にある罠を踏む、という仕組み。
ちなみに大きな石で踏み板を囲うのもアリだ。
さらに別の木の棒を立てて、跨ぎ棒のある方向からしか餌が食べられないように柵を作る。
このようにして、少しでも罠を踏むように誘導するのだ。
実際にセットしてみると下の写真のようになる。右の木に罠のワイヤーが巻き付いているのが見えるだろう。
さらに動物が通る道である獣道から罠に来るよう、薄く糠を撒いて誘引もする。これは箱罠でも同じだ。
最後に自分が罠をかけていることを示すネームプレートを、アンカーの木の枝から提げれば、罠の設置完了だ。
これを罠の数だけ繰り返す。民家の裏山や畑の少し先にある森、田んぼのある裏山などなど。
今日のやることは以上。後は明日の結果を待つのみだ。
そして翌日。結果はどうなったかと言うと………一匹もかからなかった。釣りと同じでボウズと言うらしい。
まぁそんな簡単に獲れたら苦労はしないって話だ。想定の範囲内。
一応足跡はあるし、いる痕跡はあるのだが、どれだけ罠の工夫をしても最終的には時の運。焦った方が負けというものだ。
そんなわけで、罠をかけては確認をする休みを繰り返す。この辺はあまり絵面が変わらないので割愛する。
そして忘れもしない、クリスマスの翌日。私は初めて、自分の手で命をいただいた。