「佐賀人の”美質!”とは⁈💜」🎾🏸⚾🏊🏓⚔️🚴‍♀️⛳🎈

記事
コラム
💎2007年(平成19年)度に開花~!💜

世間的には、無名の人が多い。しかし、
経験レベル、技量、才能には、並々ならぬものがあるのです。
そして、みな一様に少しばかりシャイで謙虚で淡々(たんたん)とした
言葉からは、仕事、人生に対する真摯さがひしひしと伝わってきます。
それは、私たちが、普段の生活で感じる、
佐賀の人々の「美質」そのもので、
「普通の高校生」が黙々と力を蓄え大仕事をやってのけた
あの相次ぐ逆転劇の果ての栄冠、
佐賀北ナインのひたむきな姿とまさしく重なるものなのです。


七賢人(佐賀人美質の先駆者)
鍋島直正、島義男、江藤新平、大木喬任、佐野常民、
副島種臣、大隈重信(早稲田大学創立者)


(佐賀人美質引継ぎ者)Ⅰ
①世界に誇る宝残してほしい!(唐津市)
「虹の松原」唐津市 (佐賀大学教授:田中明氏)
約400年前、唐津藩主寺沢志摩守の命により
植樹長さ約五キロ幅約七百メートル、面積約二百三十ヘクタールの防風林。
田中さんは、唐津の宝を後世に伝えようと
市民活動への参加、観光客の案内などを通して
多方面で「松原」との深いかかわりを築いてきたのです。
日本三大松原のひとつとしての「虹の松原!」
津波対策が必要な国日本!
「松露」の栽培にも力を入れている唐津。
松葉が枯れ落ちて地表を覆い。腐葉土が積もっている状態!
松葉かきをする人がいなくなったため!
クロマツ樹林が広葉樹林に変わるのは、どの森林でも起こる自然現象なのです。とにかく残すことが大切なので、その残し方として
クロマツの再生に力を注ぐのか!
自然の状態として松原の変遷を見守るのか!
唐津の人が納得する方向性を模索すべきと~!
いったん関心を持つと松原というのは、面白くてユニークで仕方がないものなのです。
そして、自然と松葉かきや清掃活動へ~!
唐津の宝を美しく残していくために~!


②伝統の布「佐賀錦」!(佐賀市)
「佐賀錦振興協議会会長」池田幸子さん
「ファッションデザイナー(布の達人)田代敦さん」
約二百年の歴史を持つ「佐賀錦」
一日に織れる長さは30m程。
和服の帯は数百万円、材料も高価。
1993年に佐賀錦が「県指定伝統的地場産品」になったのを機に
一般への普及を目指して会を設立。
1996年からは、無料講習会を定期的に開いて
巣だった生徒は千人を超えます。
2001年には「佐賀マイスター」に指定。
「男性のネクタイを見てこの図柄は使えるとか!」
日々観察と発見が大切!(デザイン)へと!
目指すところは、
「母から娘へと受け継がれ百年後に着ても新鮮さを感じてもらえるような服」
東コレの経験んで「地方発」が話題になりやすく、むしろ強みだという事にも
気づいた!
「高価な佐賀錦を普及させるには、身近で親しみやすいものに使う事が大事」と.....!
「伝統というものは守るだけではいつか停滞してしまうもの!」と.....!


③もっと技を磨かんば!(有田&伊万里市)
「有田&伊万里焼伝統工芸士」(川原留雄さん)
有田焼ブランド「柿右衛門窯」
名門窯元で43年間、商品の顔となる上絵付を担当。
指導者として後進に匠の技を伝授。
県の佐賀マイスターにも認定されている。
有田の手書きは、手触りが違う!
自分の感性&個性を伸ばして、自分のスタイル作りを目指してくださいと。


④魅力を磨き常に発信!(唐津呼子「萬坊」)社長(太田善久さん)
いかの活き作り、呼子海中レストラン
イカの活き作りと言えば「呼子」
平均約百万人が訪れる港町。
ゴール伝期間中も当然に多くの観光客でにぎわう。
1983年から呼子で海中レストラン(萬坊)を経営。
何と「いかしゅうまい!」の発信者でもあるのです。
太田さんたちの発想や工夫で「イカの町」として
全国に知られるようになったのです。
ちなみに「唐津呼子イカ検定」あり!


⑤子供の笑顔を大切に!(武雄市)
十円まんじゅう(駄菓子屋さん)(園田増雄さん)
武雄市武雄町菓子店「園田屋」ご主人
「味と十円」にこだわり!
1976年に武雄に三笠宮寛仁様が見えられて
お茶菓子として、まんじゅうが出されることになった折に
当時の市助役が名付けた名です。


⑥真剣勝負で道を切り開く(佐賀市)
もとプロ野球選手!(永淵洋三氏)
水島新司氏の人気漫画「あぶさん」のモデルとなった人。
佐賀西高から社会人野球「東芝」(創立者田中久重氏久留米出身)を経て
ドラフト2位で近鉄入り。
1969年オールスター戦に出場。
長嶋茂雄氏とバッティング談議に花を咲かせる。
大隈重信氏(佐賀出身、早稲田大学創立者)の一言が
日米野球の発展に大きく寄与。
東芝時代に西鉄入団テストを受けて不合格に!
酒は飲んでも猛練習は続けた。そして、近鉄入団へ!
久留米&佐賀そして早稲田の「縁」!
今は焼鳥屋の大将?


⑥島田洋七さん(漫才ツービート)(佐賀市在住)
佐賀弁「がばい」を流行語に!


⑦市村清氏(事業家)戦後直近。みやき町農家出身。
日本敗戦国、アメリカ戦勝国の時代背景。
終戦直後に経済活動において活躍。
アメリカの工業製品輸入販売会社設立。
東京銀座に!名称「三愛ビル!」
主な事業として、
・北九州コカ・コーラ創業
・日本リース創業
・現リコーエレメックス(高野精密工業立て直しの結果)
・財団設立
みやき町において
「千栗土居公園」(ちりくどいこうえん)の隣にメディカルセンター設立。
公園内に三種の蓮池あり!
公園内に市村清氏の経歴&ヒストリーが書かれたパネルあり。
「蓮生溜池」と称されています。
蓮根の産地として江戸時代から蓮根を自生。
夏には美しい花を~ 冬にはレンコンを~!
(三種の蓮)
①古代蓮「二千年蓮」
②舞妃蓮(まいひれん)
ネーミングは美智子上皇后さまより!
黄色の花弁に薄紅色の縁取り!
③白生蓮
人の頭ほどの大ぶりな花。
みやき町蓮池に自生する大蓮。
冬になると独特の粘りと歯ごたえがやみつきとなるほどの
美味しいレンコンを実らせてくれるのです。


(佐賀人美質引継ぎ者)Ⅱ
①佐賀北高甲子園大会優勝(佐賀市)
2007年度夏甲子園大会優勝(相次ぐ逆転劇での栄冠!)


②星々の魅力を伝えたい!(武雄市武雄町)
県立宇宙科学館学芸員(下井倉ともみさん)
「太陽は星のひとつで地球にとって最も重要な星なんです。」
武雄温泉保養村の一角にある県立宇宙科学館。
鹿児島県の田舎で育ち小さいころから星を見るのが大好きでした。
「どうして星は光っているのだろう!」
「なぜ夕焼けは赤いの!」
成長するにつれて星や空についての疑問がどんどん湧いてきた。
「それなら物理を学びなさい!」と
高校の時先生から言われた一言で
福岡大学理学部に進学。卒業後は、
鹿児島大学大学院で天文学を学んだ。
在学中に山口県防府市の青少年科学館の学芸員に採用されて2006年3月に
博士号を取得。
同年5月から佐賀県立宇宙科学館の学芸員になった。
同館では、天体観測、プラネタリウム担当。
中学生などを対象にした科学教室の講師を務めています。
子供たちは、わからないことを発見すると本当に喜びます。


③女の子が夢見る仕事に!(佐賀市)
女性消防士(迎香奈江さん)
1995年の阪神大震災。
2001年の米中枢同時テロ。
小中学生のころにテレビで見た大惨事です。
いつも必死に救助活動に駆け回る消防士さんがいた。
「あんなふうに人の為に一生懸命になれる人になりたい!」
とあこがれた。
幼いころから
「自分の一生をかけられるような仕事をしたい!」
「大好きな佐賀の景色や人を守るような仕事がしたい!」
と思い続けて、今春、佐賀広域消防署に念願の消防士として採用された。
同署では初めての女性消防士という分けです。
中学、高校時代は吹奏楽部に所属をして、トランペットに夢中になった。
音楽隊として、小学校などへの火災予防活動にも励みたいです。
そして、「女の子たちが憧れるようなカッコイイ消防士になりたい」と....!


④古文書から未来見つめ!(佐賀市)
佐賀大学地域学歴史文化研究センター職(伊藤彰子さん)
江戸時代などの資料を基に、
佐賀の地域性を見直して街作りに生かそうと設立されたセンター。
教務補佐員として有明海漁業の歴史を研究している。
子供のころから歴史が好きだった。
学校の授業の古文にも興味を持った。
「古い時代の話には、想像力を搔き立てられる何かがある!」と感じて
大学で古文書にのめり込みました。
柳川古文書館(柳川氏)で
地域の歴史を知るために有明海に関する新聞記事を読み込んだ。
そんな折、このセンターが設立され佐賀に来た。
佐賀の未来を見つめるために、
佐賀のさまざまな歴史を掘り起こしたいと思っています。


⑤世界平和願う親善大使!(佐賀市)
佐賀大学3年生(浦田千尋さん)
佐賀女子高に入学をして、
「ミュージカル女優にあこがれて、歌の練習にでもなれば!」と
軽い気持ちで合唱部の門をたたいた。
各パートを受け持った全員が心を一つにして曲を仕上げる。
次第に合唱の魅力にのめりこんでいった。
だが壁もあった。
先生から受ける指導やアドバイスが頭の中ではわかっているのに
思い通りに歌えない。合唱部の部長となったころから葛藤に苦しみ
涙をこぼす日もあった。
だからこそ人一倍集中して練習に臨んだ。
歌い方の改善点を書き込んだ楽譜は、いつしか真っ黒に!
進学した佐賀大学では、
「子ども達に歌の魅力を感じてもらいたい」と
音楽教師を目指して日々、勉学に励みながら二つの社会人合唱団に所属し
歌の練習を重ねた。
そんな折、世界青少年合唱団の一員に選ばれる。
国連教育科学文化機関ユネスコの親善大使に!
世界各国で歌を通じ「世界平和」のメッセージを発信するプロジェクト。
「歌で世界の若者と交流できる」
「思いっきり楽しみたい!」~!


⑥冷静さ忘れないように!(佐賀市)
西鉄バス佐賀高速バス運転士(佐賀ー福岡間)(森玲子さん)
佐賀ー福岡間の高速バスを県内で唯一運航する西鉄バス佐賀で
ただ一人の女性運転士、重要業務を任せる会社の信頼も厚い。
「結構気が短い方なのでまさか選んでくれるとは思いませんでしたね!」というあけすけな性格が周囲にも好かれている。
小さいころからの車好きで、高校卒業後は自動車販売の受付や
トラックの運転士など車関連の仕事をしてきた。
2001年テレビCMで西鉄バスの運転士募集を知って、
この世界に飛び込んだ。
急ブレーキ回避や時間厳守の心がけはもちろんだが、同様に大切なのが
「体力と冷静さ!」
バス運転士の業務は過酷だ。
最初の頃はストレスがたまって吹き出物が出たりして....!
慣れるのには時間がかかりました。
「運転士が動揺すれば乗客はもっと不安になる」
冷静さを保つことが安心できる運転にも繋がると....!
西鉄グループが女性運転士の採用を始めたのは、1995年から!
年々増えてきている女性運転士、
「女は愛嬌がありますから通勤客に名前を覚えてもらったり、
声もかけてくれます。
これからも楽しく続けたいです!」


⑦「武雄の蘭学」に魅せられて!(武雄市)
「蘭学館」学芸員川副義敦さん。
御船山麓に立つ図書館&歴史資料館。

・武雄二十八代領主:鍋島茂義が購入した数々の蘭書。
武雄鍋島家に伝わる天球儀、地球儀、
国内初製造の洋式大砲。
「モルチール砲」などが並ぶ。

・文部科学省特定領域研究
「江戸のモノづくり!」研究プロジェクトスタート。
幕末の武雄と長崎貿易。
蘭学や西洋科学との関わりなどが徐々に解明!
味深い資料として「長崎方控え」
茂義関連資料だけでも一万点を超える資料が存在する。
日本でいち早く世界に目を向けたのが茂義。
近代化は武雄から始まったといっても過言ではない。
このすごい歴史を地元の人たちはあまり知らない。

・若いころに郷土の歴史を学ぶと地域への見方も変わってくるもの。
・「郷土の歴史は、私も学んだが良いと思う」
何故ならば、学ぶことによって奥深いことに気づき
プライドが持てるようになり自分にプラスへとつながるからです。
・川副の思いを受け止めた若者が存在した。
有田町出身の東京女子大文理学部史学科で学ぶ
手塚麻子さん
武雄高校時代にオランダに一年間留学。
そして、学校からの依頼で「蘭学の来た道」のシンポジウム参加の依頼。
手塚さんいわく
「鎖国という閉鎖された中でもしっかりと世界を見据え探求心を持って
未知なるものを知ろうとする精神を育むことができると!」
「武雄の蘭学を後輩たちにも知ってほしい、その担い手になれるよう
頑張ります」と。
川副さん曰く、
「武雄というところは近代日本をリードしたすごい土地柄」
このプライドをもって飛び立ってほしい」

⑧ほれた祭りと生きていく!(唐津市)
女性で異例の山笠参加。
「浜崎祇園祭り」はっぴ姿で祭りに参加。
山笠作りにも参加

⑨SAGA久光スプリングス(女子バレーボールチーム)(佐賀市&鳥栖市)
佐賀アリーナ&サロンパスアリーナ


誰もが今この時代だからこそ
美質人間になる必要があると思っている次第です。
美質人間”バンザイ”

💜皆さんに幸あれ~💜!!!









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