祖父母の家の隣での生活は、今思えば私達の人生で一番安定して
一番幸せだった日々かも知れない。
いつも祖父母が見守ってくれている。
しかし母親と父親からすれば、いつも見張られているのだ。
私達にとって最適な環境は、毒親からしたら最悪でしかない。
父親はとてもボロイワンボックスカーに乗っていた。
勤め先に借りていたらしい。
それでも私達にとっては、貴重な貴重な足!!
隣の祖父母の家には、ピカピカに磨いてある
クラウンが停まっている。
時間があれば、いつも洗車していた。
しかし父親と母親は、それを監視している言っていた。
ギャンブル大好きな父親と母親は、夜になるとバレーに行くと言って
ユニホームを着てパチンコに行っていた。
私達も幼いながらに、パチンコに行っているのは分かった。
帰ってきた時のお土産が「すずめの涙」だったからだ。
お姉ちゃんから「これはパチンコ屋の景品よ」と教えてもらったので
すずめの涙が貰えた日は、パチンコだったんだ・・・と悲しくなった。
両親共に毒親だが、私は父親っこだった。
怒らなかったと言う事が理由だと思うが、
父親はまだ母親より子供に対しての愛情はあったと思う。
母親からは、ご飯が無い時は
「じいちゃん家に食べに行って来なさい」と言われ
祖父宅に行くと
「飯代も使ってパチンコか?」と何故か子供が怒られる。
そして、いつも
「お前たちは貧乏で金が無いんだから、我慢の人生送らないといけない」
と言われ続けた。
私はまだ小学校にも行っていない年なのに、毎日大人のお金事情を聴かされていた。