毒親の子供に産まれて④
祖父母の家の隣での生活は、今思えば私達の人生で一番安定して一番幸せだった日々かも知れない。いつも祖父母が見守ってくれている。しかし母親と父親からすれば、いつも見張られているのだ。私達にとって最適な環境は、毒親からしたら最悪でしかない。父親はとてもボロイワンボックスカーに乗っていた。勤め先に借りていたらしい。それでも私達にとっては、貴重な貴重な足!!隣の祖父母の家には、ピカピカに磨いてあるクラウンが停まっている。時間があれば、いつも洗車していた。しかし父親と母親は、それを監視している言っていた。ギャンブル大好きな父親と母親は、夜になるとバレーに行くと言ってユニホームを着てパチンコに行っていた。私達も幼いながらに、パチンコに行っているのは分かった。帰ってきた時のお土産が「すずめの涙」だったからだ。お姉ちゃんから「これはパチンコ屋の景品よ」と教えてもらったのですずめの涙が貰えた日は、パチンコだったんだ・・・と悲しくなった。両親共に毒親だが、私は父親っこだった。怒らなかったと言う事が理由だと思うが、父親はまだ母親より子供に対しての愛情はあったと思う。母親からは、ご飯が無い時は「じいちゃん家に食べに行って来なさい」と言われ祖父宅に行くと「飯代も使ってパチンコか?」と何故か子供が怒られる。そして、いつも「お前たちは貧乏で金が無いんだから、我慢の人生送らないといけない」と言われ続けた。私はまだ小学校にも行っていない年なのに、毎日大人のお金事情を聴かされていた。
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