いつの間にやら第4章が始まっていたのだった。
「逆もできそうだなぁ…。」
対称核 S_m を、逆に非対称和 S(0,2j) の線形結合として展開してみたらどうなるだろう、ということです。
つまり、以下のような一般式を目標として、その展開を支配する「係数 C_j」を求めてみようと考えました。
S_m = Σ[j=0..m] C_j n^(2m-2j) S(0,2j)
さっそく、この式に m=0 から具体的な数字を入れて計算していきます。
やり方はシンプルです。前回で求めた「非対称和を対称核で表す式」を、最高次の S_m について解いて(移項して)、過去の計算結果を次々に代入していくのです。
【m=0 の場合】
これはそのままです。
S_0 = S_0
【m=1 の場合】
前回より S(0,2) = (1/2) n^2 S_0 - S_1 です。これを S_1 について解きます。
S_1 = (1/2) n^2 S_0 - S(0,2)
【m=2 の場合】
前回より S(0,4) = (1/2) n^4 S_0 - 2 n^2 S_1 + S_2 なので、これを S_2 について解きます。
S_2 = -(1/2) n^4 S_0 + 2 n^2 S_1 + S(0,4)
ここに、さっき求めたばかりの S_1 を代入します。
S_2 = -(1/2) n^4 S_0 + 2 n^2 ( (1/2) n^2 S_0 - S(0,2) ) + S(0,4)
整理すると…
S_2 = (1/2) n^4 S_0 - 2 n^2 S(0,2) + S(0,4)
【m=3 の場合】
S_3 = (1/2) n^6 S_0 - 3 n^4 S_1 + (9/2) n^2 S_2 - S(0,6)
ここに S_1 と S_2 の結果を代入して整理すると…
S_3 = (5/4) n^6 S_0 - 6 n^4 S(0,2) + (9/2) n^2 S(0,4) - S(0,6)
【m=4 の場合】
結果だけ…
S_4 = (13/2) n^8 S_0 - 32 n^6 S(0,2) + 26 n^4 S(0,4) - 8 n^2 S(0,6) + S(0,8)
m が大きくなるにつれて、この代入計算はしんどくなってきます。
「係数が求まる普遍的な公式はないかな?」と、式を眺めていました。
展開式の係数をよく見ると、
2 C_0 + Σ[r=1..m] C_r = 0
の関係が見て取れます。
・m=1 の場合: 2(1/2) - 1 = 0
・m=2 の場合: 2(1/2) - 2 + 1 = 0
・m=3 の場合: 2(5/4) - 6 + 9/2 - 1 = 0
・m=4 の場合: 2(13/2) - 32 + 26 - 8 + 1 = 0
さらに、
Σ[j=0..m] C_j 4^(m-j) = 1
です。
・m=0 の場合: 1(1) = 1
・m=1 の場合: (1/2)(4) + (-1)(1) = 2 - 1 = 1
・m=2 の場合: (1/2)(16) + (-2)(4) + 1(1) = 8 - 8 + 1 = 1
・m=3 の場合: (5/4)(64) + (-6)(16) + (9/2)(4) + (-1)(1) = 80 - 96 + 18 - 1 = 1
・m=4 の場合: (13/2)(256) + (-32)(64) + 26(16) + (-8)(4) + 1(1) = 1664 - 2048 + 416 - 32 + 1 = 1
どれだけ m が大きく複雑になっても、見事に 1 に帰着します。
からくりはこうです。有限べき乗和 S(0,2j) の式に n=2 を代入すると、和の値は常に 1 になります。
こんな数列だれも思いつかんでしょ。でも、算出されちゃうわけで…。
「m を具体的な数字ではなく、変数のまま一般化して計算したらどうなるだろう?」
一番右の項から数えた位置(これを『落差 c』と呼びます)ごとに、係数が m の多項式としてどうなるか調べました。
・落差 c=1 の場合
C_(m-1) = (-1)^(m-1) × m^2 / 2
・落差 c=2 の場合
C_(m-2) = (-1)^(m-2) × m^2 (m-1) (5m-7) / 24
・落差 c=3 の場合
C_(m-3) = (-1)^(m-3) × m^2 (m-1) (m-2) (61m^2 - 237m + 212) / 720
・落差 c=4 の場合
C_(m-4) = (-1)^(m-4) × m^2 (m-1) (m-2) (m-3) (1385m^3 - 10226m^2 + 23635m - 16834) / 40320
見ての通り、階層が深くなると複雑な式になりますが、これらはすべて m を変数とする閉じた多項式になっています。
係数の増え方に何か関係性がないかなぁ…。
1, 5, 61, 1385...
「……ん?」
気になってネットで調べてみると……「オイラー数(またはセカント数)」と呼ばれる数列、
正割関数 sec(x) のマクローリン展開の係数に現れるオイラー数…なのでした。
オイラー数って何者?
「オイラー数」と言われても、ピンと来ませんよね。まず正直に言うと、僕もそうでした。
sec(x) というのは、コサインの逆数のことです。
sec(x) = 1 / cos(x)
コサインをテイラー展開(マクローリン展開)すると、
cos(x) = 1 - x^2/2! + x^4/4! - x^6/6! + …
になります。その逆数を展開してみると、こんな形になります。
sec(x) = 1/cos(x) = E_0 + E_2 x^2/2! + E_4 x^4/4! + E_6 x^6/6! + …
この係数として現れる整数 E_0, E_2, E_4, … が「オイラー数(セカント数)」と呼ばれるものです。具体的な値はこうなります。
E_0 = 1, E_2 = 1, E_4 = 5, E_6 = 61, E_8 = 1385, …
先ほどの「落差 c の係数の先頭」と見比べてみると…
1, 5, 61, 1385, …
一致しています。
「なんで、べき乗の和の話をしていたのに、突然コサインの逆数が出てくるんだ…?」
まったくもって、不思議です。全然違う場所から出発した旅が、なぜかオイラー数を示したのでした。
「n=2 を代入すると全部 1」の意味
もう一つ、面白いことに気づいていました。
Σ[j=0..m] C_j × 4^(m-j) = 1
この式、実は「n=2 を代入する」操作と同じです。
有限べき乗和 S(a, a+2j, n) という式に n=2 を代入してみると、k の範囲は 1 ≦ k ≦ 1(つまり k=1 だけ)になります。すると
S(a, a+2j, 2) = 1^a × 1^(a+2j) = 1
どんな a でも、どんな j でも、和は必ず 1 になります。
同様に S_m (n=2) = 1^m × 1^m = 1 です。
だから、S_m = Σ C_j × n^(2m-2j) × S(0,2j) という式に n=2 を代入すると、両辺とも 1 になるはず。これを整理すると
Σ[j=0..m] C_j × 2^(2m-2j) = 1 ⇒ Σ[j=0..m] C_j × 4^(m-j) = 1
という式が得られます。
こんな不思議な関係を導き出せるのが、有限べき乗和の面白いところです。
逆方向への探索からオイラー数
ディクソン多項式とオイラー数。この二人の係数が、まるで「鏡の表と裏」のように互いに逆行列の関係になっているのです。
(ディクソン多項式行列)×(オイラー数係数行列)=(単位行列)
数の冒険の中でまったく違う扉から入ったら、二人の偉人がワープゾーンで行き来するお隣さん同士だった——そんな驚きがあるのでした。