グリーフの色々な顔。心の反応について詳しく。

グリーフの色々な顔。心の反応について詳しく。

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コラム
これまでブログにてグリーフについていろいろな角度から話してきました。
でも、あらためて思うんです。
 「グリーフ」も「グリーフケア」も、まだ、そんなに知られている言葉じゃない。
正直、SNSでも何かのプラットホームでもまだ埋もれているのが現状です。

大切な人やペット、存在などを失った時に起きる、心と体のさまざまな反応。
 それに、ちゃんと名前がついていることさえ、多くの人はまだ知らないんじゃないかな・・・と強く感じるのです。


先日、ある自治体のホームページで、グリーフについての説明を見かけました。
 そこには、ワタシがこれまで感覚として掴んできたものが、ちゃんと言葉として、外の世界にも存在していました。

それを見て、あらためて思ったんです。
 今、社会の中で「グリーフ」がどんな風に存在しているのか。
 知られているようで、実はまだ、ちゃんと届いていないんじゃないか、と。
だから今日は、あらためて。

 グリーフの、いろいろな顔について、ひとつひとつ言葉にしてみようと思います。
 まずは、心の反応偏として詳しく話したいと思います。


喪失が起こると次のような心の動きが発生します。

ショック

大切な人を失った瞬間、あるいはその知らせを受けた瞬間。
 頭の中が、真っ白になる。
不思議なことに、涙も出ないことがあります。
 むしろ、驚くほど冷静に見える瞬間さえある。
 「大丈夫?」と聞かれて、「大丈夫」と答えてしまう自分がいたりする。
例えば、大切な人の死に遭遇したのにまるで感情が壊れたかのように淡々としてしまったり、または側から見ていてあまりにも普通にしている人に違和感を覚えたことなどありませんでしたか?

これ、薄情でもなく、心も壊れているわけじゃないんです。
 むしろ逆で、あまりに大きな衝撃を、心が一度に受け止めきれないから起きる反応。
心には、たぶん安全装置みたいなものがあって。
 一気に全部を感じてしまったら、心そのものが壊れてしまう。
 だから、いったん感覚を麻痺させて、時間をかけて少しずつ受け止めていく準備をする。
現実感がない。
 今起きていることが、まるで映画のワンシーンみたいに感じる。
 自分の体なのに、自分の体じゃないみたいな、あの感じ。
それは、逃げているんじゃなくて。
 心が、ちゃんと自分を守ろうとしている証拠なんだと思います。

もちろん、このショックの段階で、悲しみから感情が溢れ出て取り乱す場合もあります。正反対である二つのパターンですが、同じ「ショック」という心の動きが発生した状態です。

次に訪れる心の動き。

否認

事実は、頭では分かっている。
 でも、心のどこかが、その事実を受け取ることを拒否している。
「まだどこかにいる気がする」
 「今にも、いつも通り連絡が来る気がする」
 そんな感覚が、しばらく続くことがあります。
心、ここにあらず・・・そんな感覚です。
例えば、身内のどなたかが亡くなり、葬儀のことなど現実が目まぐるしく動く中で何もできなくなるような感覚。心が止まっているから身体が言うことを効かなくなるのです。
これは、現実逃避とは少し違います。
 あまりに大きすぎる喪失を、心が一度に飲み込めないから起きる、時間差の反応。
少しずつ、少しずつ、心が事実を受け入れられる分だけ、扉を開けていく。
 だから、すぐに実感が湧かなくても、それは心が弱いからじゃなくて、心が自分のペースで、ちゃんと歩みを進めているということなんだと思います。

怒り

悲しみの中に、なぜか怒りが混ざることがあります。
喪失の原因になった何か、あるいは誰かへの怒り。
 時には、行き場のない、漠然とした怒りだったりもする。
 「なぜ、自分だけがこんな目に」という感覚。
不思議なことに、遺してくれた本人に対して、怒りを感じてしまうこともあります。
 「なんで、先に逝ってしまったの」って。
そんな自分に、戸惑ったり、罪悪感を覚えたりする人も少なくありません。
 でも、これも、悲しみの一部なんです。
怒りは、それだけ強く求めていたものを失った反動でもあります。
 愛情の裏返しとして出てくることも、珍しくありません。

抑うつ

深く、重く、沈み込むような悲しみ。
何をしても心が晴れない。
 好きだったことにも、興味が持てなくなる。
 ただ、時間だけが過ぎていく感覚。
これを見て、「うつ病なのでは」と不安になる方もいます。
 でも、グリーフの中で起きる抑うつは、喪失という、あまりに大きな出来事に対する、自然な反応でもあります。
大切なものを失えば、心が深く沈むのは、当たり前のことです。
 それだけ、大切だったということの証でもあります。

後悔・自責

「あの時、ああしていれば」
 「自分が、こうしなければ」
この問いは、答えが出ないまま、頭の中を何度も巡ります。
どれだけ考えても、過去は変えられない。
 それでも、考えずにはいられない。
これは、それだけ真剣に、相手のことを考えてきた証でもあります。
 何もしなかった人には、後悔すら生まれません。
 後悔があるということは、それだけ、大切にしてきたということなんだと思います。


いろいろな顔、のあとに

ショック、否認、怒り、抑うつ、後悔・自責。
どれも、バラバラに起きるわけではなく、行ったり来たりしながら、重なり合いながら、心の中を巡っていきます。
 順番も、強さも、人によって違う。
でも、共通しているのは、そのどれもが、"おかしいこと"ではないということ。

名前をつけると、少しだけ、その反応と距離を置いて見られるようになります。

 距離を置けると、自分を責める手が、少しだけゆるみます。
もし今、説明のつかない感情に振り回されているなら。
 それには、ちゃんと理由があります。
ショックだったり、否認だったり、怒りだったり。
 名前のない混乱に見えても、そのひとつひとつに、ちゃんと意味がある。
そして、それが今この時代、こうしてしっかり言語化されるようになった。
 だからこそ、自分の心が今どこにいるのか、それが見えるようになる。
そのことを、感じてもらえたらと思います。



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