前回、グリーフの心の反応について、あらためて言葉にしました。
ショック、否認、怒り、抑うつ、後悔・自責。
でも、グリーフが現れるのは、心だけじゃありません。
実は、体にも、静かに、でも確実に、その影響は現れます。
「気持ちの問題」だと思われがちだけれど、そうじゃない。
心が受けた衝撃は、そのまま体にも伝わっていく。
今日は、その体の反応について、ひとつひとつ言葉にしてみようと思います。
頭痛・肩こり
理由もなく、頭が重い。
肩や首が、ずっとこわばっている。
これ、姿勢や疲れのせいだけじゃないことがあります。
悲しみや緊張を、体がずっと抱え込んでいると、筋肉は自然と硬くなっていく。
心が張り詰めていると、体も、一緒に張り詰めてしまうんです。
悲しみは違う見方をすれば「怖い」もの。誰しも悲しみを好んでいません。だからこそ、体が緊張して身構えてしまっているのです。
眠れない・眠りが浅い
布団に入っても、なかなか眠れない。
眠れたとしても、浅くて、何度も目が覚めてしまう。
グリーフの中にいる脳は、ずっとフル稼働しています。
悲しみから逃れたいと必死でもがいています。
でもそれには自身が納得する答えがないと、そこから抜けられません。
だけど失ったという悲しみは、決してなかったことには出来ません。
その矛盾したジレンマの中で、
答えの出ない問いを、頭の中で何度も繰り返している状態。
そのエンジンが、夜になっても、なかなか止まってくれない。
だから、眠れないのは、意志の弱さじゃないんです。
脳が、まだ処理しきれていないものを、抱えたまま、ずっとフル回転で見つかるはずのない失った悲しみの答えを探しているからです。
食欲がわかない
何を食べても、味がしない。
お腹が空いている感覚すら、よく分からなくなる。
これも、体が発する、ひとつのサインです。
悲しみを処理することに、体のエネルギーが優先的に使われている。
食べることに、意識が向かなくなってしまうのも、無理はないんです。
悲しい、辛い、寂しい・・・その気持ちが食べることを麻痺させてしまっているのです。
息苦しさ・動悸
急に、息が詰まるような感覚。
心臓が、ドクドクと早く打つ。
特に、失った瞬間や、最期の場面が焼きついていると、それがふと蘇ってきて、同じような感覚に襲われることもあります。
これ、経験したことがある人ほど、不安になると思います。
「何か病気なんじゃないか」って。
もちろん、体のことなので、心配な時や、この蘇りがあまりに頻繁で辛い時は、専門機関に相談してほしいのですが。
グリーフの中では、こうした反応が、自然に起きることもあります。
心の衝撃が大きいほど、体は、その衝撃にまっすぐ反応してしまうから。
なんとなく、具合が悪い
どこが悪いというわけじゃないけれど、なんとなく、体が重い。
だるい。
すっきりしない。
全然気力が沸かないなど。
これも、グリーフのひとつの顔です。
はっきりした症状じゃないからこそ、見過ごされやすいけれど。
体は、ちゃんと、心の状態を映し出しているんだと思います。
体は、心の代弁者。
頭痛、不眠、食欲不振、息苦しさ、だるさ。
ひとつひとつは、些細に見えるかもしれません。
でも、これだけの反応が、同時に、あるいは入れ替わり立ち替わり起きているとしたら。
それは、心が、それだけ大きな衝撃を受けているということ。
喪失感、つまりグリーフって本当に強い心の反応が生じることなのが文字にすると余計にわかります。
「気持ちの問題なのに、なんで体まで」
そう戸惑ったり、困ったりした経験、ありませんか。
実は、これには、ちゃんとした理由があります。
脳は、大切な人を失うという出来事を、まるで命に関わる危険のように受け止めてしまうんです。
本当は、直接的な危険はないのに、脳の中では、非常事態を知らせるスイッチが入る。
例えるならば、乳児期〜幼少期の頃、私たちは大人、特に母親の手を借りないと生きることが出来ませんでした。
私たちは、生きるために必要な存在を、ちゃんと脳に記憶しているんです。
その時に生きるために大切な人というカテゴリが生まれ、母親はそこに入ります。
やがて自立して生きられるようになっても、大切な人カテゴリには生きていく中でいろんな存在がストックされます。
だからその大切なカテゴリの中の人やペット、様々なそんざいを喪失すると、生きるための大切なものが失われたということで、脳は危険と判定を出しちゃうんですよね。
血圧が上がる。
心拍が早くなる。
筋肉がこわばる。
これは、悲しみに向き合うために、体がわざわざ起こしていることじゃなくて、脳が「今、命を守らなければ」と、緊急モードを起動してしまっているからなんです。
短い間なら、これは体を守るための、正常な反応です。
でも、それが長く続くと、体はずっと臨戦態勢のままになってしまい、それが、不眠や食欲不振、だるさといった不調として、じわじわ現れてくる。
なんだ、そうだったのか。
気持ちの問題だと思っていたものが、実は、脳と体の、ちゃんとした仕組みだった。
そう分かるだけで、少し、自分を責める手がゆるみませんか。
体は、嘘をつきません。
心が言葉にできないことを、体が代わりに、そっと伝えてくれている。
サボりでも、甘えでもなく。
ちゃんと、悲しみと向き合っている証拠なんだと思います。