相手の愛を“あえて”疑っているのなら。
それは無条件の愛を学べるツインレイの話じゃないんだろうね。
もちろん。
本当かな? と思うことはありますよ。
だけど相手は自分です。
己にとって。
何が大事で。
己が。
どうありたいのか。
そう言う心の奥底がどこか。
通じているような気がするのです。
貴方の言葉が、私に「まるで自分が2人いるような」
2023/02/08
https://coconala.com/blogs/2997019/270848
私は貴方を見つけた時、
貴方の生き様に、まるで「自分がそこにいるかのような」そんな気持ちを抱きました。
貴方が何を考えてそうしているのか。
それは、私がそう考えてそうしている。こと、とまるで同じであるかのようだったのです。
世の中に、私と同じようなことを考えている人がいるのか。と。
まぁ、そこまで言ってもいいものか。と言う気持ちもありました。
それは、だって、人には絶対に言わないのです。誰かのいいねも、否定もいらない。そんな、私が勝手にやっているようなものです。
それを「貴方も同じなのだ!」と考えてもいい物か。とは悩みました。
でも、私の貴方への私の気持ちはそこからはじまりました。
そして、恋心は大きくなる一方でした。
そんなことをして楽しいのだろうか。
それで私は幸せになれるのだろうか。
そんな風に。
愛に優劣をつけるような真似で。
私は私が認めている(私だと認められる・優れていると思っている)部分だけ、都合よく貴方に愛されたいと思っていました。
2024/04/20
https://coconala.com/blogs/2997019/416482
だけど、その認めている部分。
人よりも優れているであろう部分を愛されたら、私は貴方を疑い続けることになるのです。
もっと優れた人が現れたら、失われて(捨てられて)しまうのだ。
だから、誰かより優れている(何かができる)私は、私ではないのです。
それは結果です。