インナーチャイルドを“癒す”のと「私が一番! わたしのこれがただしくてそれはせかいのすべてなの!!」みたいな“なんのためにもならない”その主張を通してあげないといけないんじゃないのかな。って。

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親よりも、兄弟姉妹よりも。
・私が一番である
・それが通るのが当然
・それを疑われることはない
みたいな。

世界がなんと言おう(仮に、理論上間違いだろうとなんだろう)と、自らが思うそれが通るのが当然である。とでも言うような。
その気持ちね。

もちろん。
現実の子育てでじゃぁどこまでするのか。とか。
どこまでできるのかとかありますけど。

その。
「私は大切にされているんだ」「受け入れられているんだ」と言うそれを満たしてあげるような。


まぁ。もう。現実には。
ただただ傍にいることだけで、何もできないかもしれませんけどね。

“見放さない”こと。


現実には何をしてもいいわけじゃないけど。
「私は見捨てられたわけじゃないんだ」「ここにいていいんだ」って言う。それなのかもしれませんね。

広く。
“この世界の一員である”と。

例えその主張が、
この世のためにはならなくても。


***

で、それが大人になって。
子供のようには主張できないわけです。
“何かのためにならないこと”なんて、言うわけにもいかなくなるのです。

だから「正義」「正解」「本物」「本当」「本質」とか。
「これがセオリーである/こう言うプロセスを辿る/これがサインなのである」と。

「これが正しいんだ」みたいなものを掲げて誰かを従わせる。と言うか。
相手に「はい」と言わせるための何かを必要とすると言うか。


己が一番
“重要な存在で”ありたいから。

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