香澄(カスミ)(仮)は悩んでいた。
目の前の原稿は数時間前から真っ白である。
原稿画面の1ページ目の最初のカーソルは、ただただ自分の仕事を全うしたいと言わんばかりに点滅している。
いや、ネタがない訳ではない。書きたいことはこれでもかとあるのである。だからこれはスランプではないのだ。
書き出しの一行目、その読者の心を掴みに行くそのフレーズの最高峰を思案しているだけなのである。
これも、数日前の打ち合わせの時の担当が悪いのである。
「先生、先生はいつも素晴らしい物をお書きになります。ただ、今後は少し、トレンドを意識していくのはいかがでしょうか?」
トレンド、だぁ?
香澄のマウスを握る手に力が入る。
トレンドと言えば、転生して二週目をチートで無双するような生ぬるい話か、委ねましょう軽やかに生きましょうと言った怪しいスピリチュアル(←)か、誰でも簡単に稼げます! みたいな文学もへったくれもない話ばかり!
日本には日本文学と言うものがあるではないか!
だいたい日本人は純文学を知らなさすぎる!
できることなら全日本人に中学校から国語の勉強をし直してきてもらいたいところだ!!
最近の電車での振る舞いを見よ!
前かがみで同じ顔をして縦長い画面を目を細めて眺めているばかり。
まぁ、荷物が減る。と言う利点はある。読んでいるのが文学だと言うのなら許そう。
しかし、やはり紙で活字を追いかけると言う醍醐味を感じるべきだ。
全小学校の夏休みの課題図書は一冊ではなく、一日一冊にすべきだと思うが、まぁ十冊に負けてやらんこともない。
一日読書の時間は最低一時間。これを国民に導入するにはどうしたものか……。
だいたいなんだ。小学生の将来の夢の一位にユーチューバー?
そこは「作家」の二文字が堂々と輝いていてもいいではないか!
最近では警察官、スポーツ選手、パティシエ、アイドルなんかも人気らしい。
文武両道に励むことは良いことである。
読むことに重きを置いて話をしてきたが、やはり書くことも大事である。
そのためにもやはり読書。
素晴らしい文体を学ぶには読書が一番だ。
小説を書くには小説から学ぶ。
誰かに弟子入りするのもいいだろう。
プロになるためにはプロに学ぶべきだ。
歯を食いしばってでも書く、遊んでいる暇はないのだ。
まずは一度プロの指導を受けてもらうのはどうだろうか?
香澄ははたと思いつく。
私が添削すればいい!
香澄の野望に火が付いた。
これが、とある作家が小説を人に書かせようと考えるまでの軌跡である。
香澄の野望がどうなるのか?
そのお話はまだまだ、はじまったばかり。
― 完 ―