「その日だけ盛大に祝えば日々はないがしろにしてもいい」
と言うニュアンスを感じたことがあるからです。
まぁ、これは私は、自分の両親が離婚していて、母親とは数年以上連絡を取らない。取っていない。と言うひがみから生まれたものかもしれません。
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離婚前の別居当時、母からの連絡はあったのですが、「もうかけてくるな」と断ってしまいました。
当時の私は母のいない生活を送るのに精一杯で、そこで母の言葉を聞くとかき乱されるのです。
母は私の希望を聞き、その約束を守ってくれました。
あ、厳密に言うと一枚だけハガキがきました。それは母の病気の完治を知らせるものでした。
病名の話もなく、ただ「通院を終えた」と言うそのハガキ。
私はそれを見ても連絡はしませんでした。
そのハガキは例外です。
「電話をもうかけてくるな」と頼んで、時間にして数年以上、連絡は取りあいませんでした。
「祖母が亡くなった」と言う連絡ですら、来なかったです。
祖父は、離婚の時には亡くなっていました。
いろいろあって、私は私から母に連絡を取りました。
【2022年2月の私の日々】
https://coconala.com/blogs/2997019/211879
そのあと母との関係を取り戻しました。
十数年ぶりに母に連絡を入れました。
まぁ実際に会うには遠すぎます(日本国内ではあります)。電話です。
それが去年の2月です。
そこで、祖母の話を知りました。
父は「母方の祖母が亡くなったのに孫であるカルハに連絡もないのか」とちょっと憤慨していましたが、そもそも、離婚したのはその父と母なのです。
父が母を非難する資格はありません。
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去年の母の日、どうしようかな。と考えました。
母の日と言えばカーネーションです。
生花の花束。とか。
今は素敵なアレンジで売っています。
お菓子や、何かの商品と一緒にもできます。
でも、なんともそこまではできなかったのです。
カーネーションの絵が描かれた、ポストカードを送りました。
「母と娘」と言う関係性の間には、失われた時間があるのです。
あの日、あの時「伝えたかった気持ち」や「伝えられなかった気持ち」、「汲み取ってもらえなかったこと」、不満や、悲しみや、寂しい気持ち。
もちろん、楽しいことも、うれしいことも、母でよかったこともあります。
それは、母も同じだったのだ。と、私は数年越しに母に連絡をして知りました。
だけど、私の母親に対する怨みは消えません。
その時に失われたものがあるのは事実です。
でも、同時に、私は母を恨み続けるのに疲れてもいました。
母は、思春期の娘が「両親の離婚を経験」して「その後の人格形成に影響を及ぼしたことは少なからずある」と、私のその後を心配していたそうです。
その心配の払拭にはまだ、時間がかかりそうです。
「母と娘の時間」は、今また動き出したところです。
そのうち、会いに行けたら。とは考えています。
ただ、母と話をするとやっぱり、私が嫌いな母親の一面も変わらずあります。
「こういう人だった……」と納得できてしまうのがいいのか悪いのか(笑)
贅沢な話です。
戸籍上は他人です。
でも、私の母親と言うことは変わらないのです。
ただ、やっぱり、気安く何か。と言うか。
当たり前のように当たり前に何も考えず。と言うのは無理なのです。
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今年の5月を迎えました。
先月から、カーネーションを送ろうと意気込んだのです。
でも、花束、と言うのはちょっとハードルが高いです。
まぁ、気にしなければいい。と言う話でもあります。
でも、私には違うのです。
通販で商品を探す中で見つけました。
「カーネーションのミニブーケ」
これなら行けそうです。
だって、母が別居した当時の私のお小遣いで買えると思うのです。
あの頃はまだ学生だったのです。
きっとお花屋さんで、選んだと思います。
まぁ、もっと安くなるようには買ったと思います。←
私はやっぱり、失われた時間を追っているのです。
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どんなものなのか、自分にも買いました。
私は、「この世に母の日があること」は、恨みたくないのです。
確認がしたかったのもありますし、シーズンの配達はそれこそ込み合いそうです。
すぐ発送にしました。
ちゃんとアレンジブーケの状態で下の茎をゴムで束ねてあったのですが、取っちゃいました。
次の水替えで別の形になると思います。←
花を生けるのは終わりがないのです。
今年の母の日はもう少し先です。